09.肯定

 破裂した水道管と、そのあおりを食らって壊れた送風管は、そのすぐ下の層に向かうものだった。帰宅して確認したニュースメディアで、上層の一部地区で断水が発生していると報じていた。夜中には復旧したらしい。

 水道管の方は水道局が、送風管は空調局が応急処置を施した。あくまで応急処置なので、機材と人員が揃い次第、本格的な修理を行うので、修理担当、担当者と同班の局員は業務調整を行うように、というメールが、藤原から部内全員に届いていた。送信時間は日付が変わる直前だった。

 鹿屋の通勤路ではなかったし、現場に野次馬をしに行っても邪魔になるだけなので昨日はまっすぐ帰宅したが、ニュースになるくらいのことだったのだ。

 図面をちゃんと確認しないとはっきりとは分からないが、水道管が破裂したのは、〈春時〉でも最古に近い場所で、けれど居住区も近いから、配管は壁の内側に通してあるはず。きっと壁の内側も送風管の内側も水浸しだろう。

「堀川さん」

 藤原のメールや、〈春時〉上層部の地図を眺めていたら、堀川が出勤してきた。

「おはよう」

「おはようございます。昨日は大変だったみたいですね。俺、やっぱり加勢に行けばよかったかなって」

「気持ちだけで十分。水道局の局員もいたし、破裂したのは壁の内側だし、人手が多くても持て余しただけだよ」

 堀川も、きっと遅くまで現場にいただろう。その疲れを感じさせず、彼女は自分のデスクに着くと、さっさと個人端末を立ち上げた。

「昨日の水道管の破裂は、老朽化が原因なんですか」

「その可能性はあるね。あそこは〈春時〉でも古い場所だから。でも、違う可能性もあるかもね」

 堀川は肩をすくめた。

「違う可能性?」

「知らないの?」

 首を傾げた鹿屋に、堀川は驚き気味の顔をする。彼女にしては珍しい表情だ。

「どういうことですか?」

 鹿屋が見たニュースでは、破裂した原因について言及はなかった。

「自分たちの仕業だ、と犯行声明を出した集団がいるんだよ。ネットワーク上に」

「ええ!?」

 思わず声が高くなり、周囲の視線が鹿屋に集まる。鹿屋は無意味と思いつつも慌てて口元を覆った。すいません、という風に頭を小さく下げると、周囲はすぐに自分の仕事に戻っていった。

「どうしたんですか?」

 古海だけが、好奇心混じりのまなざしでやって来る。

「これだよ」

 堀川が、自分のディスプレイにその犯行声明とやらを表示させる。動画でも画像でもなく、素っ気ない文章だけだった。

「これって……」

 破壊したと主張する場所は、昨日堀川達が駆けつけた場所と一致していた。ニュースではここまで詳細には報じられていない。

「本当に、この人達がやったんですか?」

 鹿屋と並んでディスプレイをのぞき込んでいた古海が、堀川に尋ねる。

「まだ分からない。確かに、わたしが昨日向かった現場と場所は一致しているけど、あの近辺を通りかかった人や住人なら分かることだ。大量の水が流れて、あちこちで雨漏りしていたしね。騒ぎを聞きつけて野次馬も集まってた」

「単なる事故に便乗したんですかねえ……」

 鹿屋は改めて、犯行声明を読み返した。

 犯行声明を出した集団は、自分たちが何者かは名乗っていない。ただ、「我々は」と書いてあるので、複数人のグループなのだろう。もっとも、一人だけど複数に見せかけている可能性もなきにしもあらずだが。

 ともかく、名もなき集団によると、〈春時〉のインフラ設備は自分たちのような素人でも簡単に壊せるほど老朽化している、拡張工事をする前に、古くなった設備の修繕をするべきだ、とのことだった。

 古いのは確かだが――。

「はた迷惑な」

 鹿屋は眉をしかめた。昨日のミーティングはなくなり、堀川は事故現場に行ったあげくにきっと遅くまでその対応に追われ、秋元や藤原も同じだっただろう。水道局の担当者達も大変だったに違いない。それに、断水した人達も。

「でも、上層のいろんなところが老朽化しているのは、事実ですよね? それなのに拡張工事をしようとしているから……」

 古海は恐る恐るといった口調だったが、そう言った。

「ああ、そうだね。〈春時〉の上層は特に、古くなっている場所が多い。修繕もなかなか進んでいない。拡張するより直すのが先だ、という考えには一理あるし、それを訴えるのも自由だ。でもね」

 そこで一度言葉を切り、堀川は古海をまっすぐに見つめた。

「犯行声明が本物で、やったのがこの名無しの集団なら、彼らのやり方は間違っている」

 ぴしゃりとした物言いに、古海は気圧されたようだった。

 人に迷惑をかけるようなやり方は、いくらまっとうな主張であろうとも、鹿屋も許容はできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る