第12話 アキハバラ!……の前に


 その日の夜、エドナさんからメッセージが届いた。



『スルトがいろいろ困らせちゃってごめんね』


『いえ。楽しかったです』


 いろんなエドナさんが見られて。

 とは、失礼なので言わないでおく。


『でさ、秋葉原なんだけど』

『明日行かない?』


 明日は振替休日で学校は休みだった。

 ぼくは長考に入りそうになって、すぐに返信した。


『明日ですか?』


『うん』

『どう?』


『明日は特に予定もありませんが』


『じゃあ決まり! 行こ!』


『あ、でも』


『どしたん?』


『いえ、なんでもないです』


『明日の十時に駅で待ち合わせね!』


『わかりました』


『たのしみにしてるね! おやすみ~!』

               

『おやすみなさい』

       

 それ以降、メッセージのやりとりはなかった。

 ぼくはエドナさんの言葉をひとつひとつ読み返しながら、嬉しさとともに緊張を感じている自分に気づいていた。

 

 秋葉原に行くんだ、エドナさんと。

 そう思うと、眠気がどこか彼方へふっとんでしまった。

 

 無理やりにでも目をつむると、エドナさんの笑顔ばかりがまぶたの裏に浮かんでくる。愛おしいなあ、好きだなあ、と思う。あのあたたかい手がぼくに触れるとき、どうしてあんなにも胸の奥がふわふわと痛むのだろう。


 早く会いたい、いっしょにいたい。

 エドナさんと話がしたい。

 そう思えば思うほどに、ねむれないのだった。


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 朝。

 ろくに眠れなかったが、しかたなく起きだす。


 三つ子の弟たちを小学校に送り出したあと、ぼくは身支度を整えた。

 髪を整え、買ったばかりの服を着て、外に出た。


 エドナさんに会える。

 エドナさんと一日中お話ができる。

 そう考えると、知らないうちに足が前に出る。


 商店街を通り抜けるとき、ふと窓ガラスに映る自分を見て、どきりとした。

 なんだ、この男。


 めちゃくちゃダサいぞ……。


 いや、ダサいなんてもんじゃない。生きていていいのか、こんなやつが。髪は兜みたいに重そうだし、前髪長すぎて隙間から覗く目が妖怪みたいだし、服も皺が寄ってるし裾ダルダルだし、ジーパンも裾長いし……。


 よし、帰ろう!

 帰って、もっとましな格好……にできるかわからないけれど……少なくとも今よりはマシな生き物になれるはずだ。こんな妖怪横丁から出てきたみたいな存在でなくなれば、あるいは、少しは……。


 とか考えていたときだった。

 後ろから「善くーん!」と明るく華やぐような声が聴こえてきた。


 ぼくはもう、何も考えずに振り返っていた。

 エドナさんがぼくの名前を呼んでくれた。

 それだけで世界が色づいたのだ。


「おはよー! いやー昨日眠れなかった~善くんと秋葉原行くって考えたら緊張しちゃってさ~」


 商店街がどこか海外のオシャレな街角になっていた。

 エドナさんの私服姿を見るのは初めてだったけれど、どこをとってもばっちり似合っていた。というか、キマっていた。長い耳を飾る輪っか状の金属(イヤーカフというのだとあとで知った)も、首輪も(チョーカーというのだとあとで知った)、きらびやかな腕輪も(バングルというのだとあとで以下略)すべてがエドナさんの一部としてそこに嵌っていた。

 あと、たぶんメイクに力を入れているのだろう。学校で見るよりも目が大きく見える。睫毛が上に長く、力強い。目もとに輝きがあって、彼女の青い瞳がいつもより光を溜めている。肌もなんというか影がなくて、頬にささやかにさした桃色がかわいらしい。

 服装自体はシンプルなのに、エドナさんは全身から輝きを放っていた。

 とても……とても……。


「か、かわいい――!」


「え、ほんと!? まじ!?」


 ぼくは膝から崩れ堕ちた。


「うれしー!」


 いっぽう、エドナさんはぴょんぴょん跳ねて全身で喜びを表現した。


「ほんと!? やったー! もうその一言だけで今日一日のタスク終了っていうか!? ちょー嬉しいよ善くん! きゃー! っていうかなんで膝ついてるの? 汚れちゃうよ?」


「き、きれいすぎます、エドナさん……」


「う、うれしい……早起きして動画見ながらメイクめっちゃ頑張ったし……やば

泣きそ……メイク崩れちゃう」


「うぅ……」


「いやなんで善くんが泣いてんのwwww? ウケるwww」


「ぐぅ……」


 路上で倒れ込むぼくのまえにかがんで、背中を撫でてくれるエドナさん。優しい……こんなにかわいくてきれいで優しい人が、ぼくと今日一日いっしょに過ごしてくれるわけない……というか、そんなことはあっちゃいけない。


「え、あの子めっちゃかわいくない? モデルさん?」

「ちょーかわいい! 美容系のユーチューバーとかじゃない?」


 道行く人のひそひそ声も聴こえてくる。

 ああ、このまま路傍の石になりたい……。


「え、善くん? ガチへこみ?」


「生まれてきてすみません、ぼくはこのまま物言わぬオブジェになって、お供え物だけで生きていきますので捨て置いてください……」


「善くんもどってきて~!」


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「なるほどね~自分の見た目にガチへこみしてたんだ~?」


「う……そ、そうなんです。ごめんなさい、醜態をさらして」


「いいっていいって!」


 電車に乗り込み、座席に腰を下ろしたぼくはエドナさんに慰められていた。

 ていうか、電車で隣同士に座ると否応なしに距離が近くて……。


「エドナさん、いい香り……」


 はっ。

 これはセクハラだ!

 

「ご。ごめ、ごめごごごごごおごごごごご」


「善くんバグってるぞー?」


「ごめんなさい、人様の香りがどうとか」


「いいよ。ていうか、気付いてくれて嬉し。善くんって私の違いによく気付いてくれるよね」


「こ、これは……前にも、同じような香りを……」


 ああ、そうだ。

 教室で初めて出会ったとき、エドナさんがつけていた香りだ。


「そ。いいでしょ、この香り。好きなんだ。でも、前よりも好きになったの」


「そうなんですか?」


「うん。善くんが良いって言ってくれた香りだからね」


「一生嗅いでられます」


 何言ってんだこいつ。

 ぽろっと出た一言だったが、気持ち悪さが存分にあふれかえるセリフだ。

 死んだほうがいいんじゃないか?


「それってさ」


 エドナさんはぼくの顔を覗き込んだ。

 にやり、と挑発的な笑みを浮かべながら。


「一生、私のそばにいてくれるってこと?」


「ごごごごっごおごおごおごごごごっごごごごごごごゴゴゴゴゴゴゴゴ」


「あははははははwww 草wwwwwなにそれちょーウケるwwwww」


 縮こまるぼくの背中をぽんぽんと優しく叩いてくれるエドナさん。

 ああ、好きだなあ、このやり取り……と思う。電車がどこにも着かなければいいのに。


「あのさ、善くん」


 ぼくの背を叩くのをやめ、手を添えるようにしてくれる。


「自分の見た目なんて、いくらでも変えられるよ」


「そ、そう……ですか」


「あ、信じてないっしょ」


「え、だって、そりゃ……え、エドナさんは、その……」


「もとからかわいい?」


「そうです」


「……そこは『自分で言うなし』って突っ込んでよ?」


「あ、ごめんなさい」


「真面目ww」


 エドナさんはスマホを取り出すと、ブラウザでなにか検索し始めた。


「たとえばさ、こういう男の子どう思う?」


 そこに映っていたのは爽やか系イケメンだった。髪は少し長めだろうか。金と茶のまだらに染めていて、服装は全体的にだぼっとしている。


「えっと、美容院に行ってこの髪の長さだと、一週間後には髪を切りに行かなきゃいけないから大変そうだなって思います」


「ぷっ……あはははは!」


 エドナさんはお腹を抱えて笑った。

 大爆笑だった。


「え、じゃあこれは?www」


「髪が耳の垂れ下がった犬みたいでかわいいですね。でも、これも美容院に行ったときに間違えてカットされちゃったのかなって思います」


「次、これ」


「鞄が大きすぎて地面につきそうなので、外でトイレに行くときとか苦労しそうですね」


「これは?」


「髪がツンツンしてて強そうです。戦闘力高そうです」


「これwwww」


「服がだぼだぼでムササビみたいです。かわいいですね」


「もう無理www」


 エドナさんはお腹を抱えて無言で痙攣した。


「え、ぼく、なんか変なこと言いましたか?」


「ううん、いいのww ひー……おもしろ……善くんはそのままでいてね。ほんと好き~」


 好き。軽く発されたはずのその言葉に、ぼくの全身がびくりと跳ねた。

 意識しすぎだろうか。今までも、同じような言葉は何度も言われたことがあるけれど、今日は一段と気になってしまう。もっと欲しいと思ってしまう。


「じゃあ、最後にこれは?」


「あ、これ……」


 画面に表示されていたのは、これといって特徴のない男の人だった。Tシャツにジーンズ、髪は短め。清潔感がある、といえばいいのだろうか。特別な格好なんてひとつもないのに、立ち姿が格好良かった。


「かっこいい、です」


「おーなるほどね。じゃあ私は?」


「え、かわいいです」


「えへへ! ありがと」


「え、い、今のなんです?」


「いーのーいーの。気にしないで。ほしくなっちゃっただけ」


「?」


「そっか、なるほどねー。善くんはこういうのかっこいいって思うんだね」


 ふむふむ、と頷いたあとで、エドナさんは液晶の車内表示を見上げた。


「よし、降りよう」


「え、秋葉原までまだありますよ」


「うん、いいの。行くよ、善くん」


「ど、どこに……」


「いいからついてきて」


 エドナさんはぼくの腕をひっぱった。


「善くんに自信をつけさせてあげる」


「自信……」


 よろめきながら立ち上がり、駅のホームに降りる。ささやかな熱気が体を包み、雑踏に巻き込まれた。手をつないでいるエドナさんに導かれるまま、エスカレーターに乗り、もみくちゃにされながら改札を出た。


 長く複雑な通路を潜り抜けて出たそこは……。


「善くん! ついたよ!」


 巨大なスクリーン。

 スクランブル交差点。

 乱立するビル群。

 人、人、人の波……。


「渋谷だよ、善くん!」


 ―――――――――オタクを殺す街、渋谷だった。

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ギャルエルフのエドナさん! 出会って5秒で惚れちゃったぼくは、きみと仲良くなりたくて… @mullhouse

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