第11話 メッセージの犯人は……

「スルトさん! お待ちください~!」


 制服姿の見覚えのある女の子がこちらに駆けてきた。

 エドナさんのホームステイ先の女の子、リエちゃんだった。


「はあ……はあ……こんな距離を軽々と走れるなんて……スルトさんは強健な身体をお持ちですね……」


「は? こんなの余裕だし? リエはもう少し体力つけたほうがいいし」


 胸に手をあてて呼吸を整えるリエちゃんを涼しい顔で見つめるスルトさんだった。


「はぁ、はぁ……善くん……お久しぶりです」


息があがっていても礼儀正しいリエちゃんだった。


「あ、うん、久しぶり……落ち着いてからでいいからね?」


「あ、はい……はあ、はあ……」


 こくこくと頷くが、喉元から漏れる息はだいぶ渇いていた。


「リエちょんも朝ぶり~! 今日部活ないの?」


 エドナさんがピースを向けると、リエちゃんはけなげにピースサインをつくってかえした。心配になるくらい顔が青ざめている。だいぶ無理したピースだった。


「はい……あの、あったんですけど、スルトさんが……」


 ようやく落ち着いたらしく、スルトさんをみてちょっと微笑んだ。


「お姉さんに会いたいとのことで、さっさと校門を出て行ってしまったので、追いかけてきました」


「え? あたしついてきてなんて言ってないし?」


「あんな般若のようなお顔付で歩いているのを見たら、あとを追わずにはいられませんっ」


「心配しすぎだし。今も、そこの善くんとかいう男をどうにかお姉様から引きはがそうと話し合っていたところだし」


「……」


 あれが話合いだったとは恐れ入る。


「スルトさん。よろしいですか、話合いと言うのは、相手の意見をしっかりと聴き、そのうえで自分の意見を伝え、折衷案を見出して約束をすることなのですよ」


「え……うん」


「スルトさんは少々おてんばに過ぎます。まずはお二人のお話をお聞きになったら、きっと皆さんにとってよい結果がうまれると、僭越ながら私は思います。私のお話、おわかり頂けますか?」


「あ……そう、かも。気を付けるし」


「あはは! スルト、リエちょんには弱いんだよね~ウケる~w」


 エドナさんが指さして笑った。


「そ、そりゃそうだし! リエ怒ると怖いし――――あ」


 場の空気が、リエちゃんに集中した。

 ぼくも、エドナさんも、スルトさんも、そこに立つひとりの少女の微笑みから目が離せなくなった。

 たしかに、こういった大人しい子を怒らせたら恐そうだ。底知れぬ恐怖がある。


「スルトさん」


「は、はい」


「私の言葉が届いていないようで残念です」


「その微笑みながら声のトーンだけ落とすのやめるし! 怖いし!」


「ですが今はよろしいのです。お二人をいつまでも路上にお待たせするのは失礼なことですし、お話を済ませてしまいましょう」


「まじでやめるし! なんか背中から紫色のオーラ出てるし!」


 ぼくには見えないけど、たぶん、ふだんいっしょに過ごしているスルトさんにはよく見えたのだろう。


 スルトさんは青ざめながらぼくたちに振り返り、ひとつ咳き込んだ。


「ごほん……じゃ、じゃあ、もう一回聞くし。ふたりは付き合ってないってこと……それでいいし?」


 ぼくは頷いた。


「……あ、は、はい。そうです」


「……お姉様は?」


「……えっと、私は――」


 エドナさんが固まる。その青い瞳がぼくを見て、地面をみて――またぼくを見る。


 ……あれ。

 …………あれ?

 なんだろう、この反応。

 もしかして。もしかして、なんだけど。


 エドナさん……体調悪いのかな?

 たしかにさっきから顔赤かったし……。


「エドナさん? 大丈夫ですか?」


「え、なに!? 善くん、なに!?」


「いえ、その、スルトさんが答えを待ってますが……か、顔が赤いです。お身体、優れないのではないですか……?」


「へ!? あ、ううん! だいじょぶ! えっと……うん、そうだね」


 エドナさんはこぶしをぎゅっと握って、スルトさんに向いた。


「付き合ってない、よ」


「……ふーん」


 姉の精一杯の答えに対して、スルトさんは疑わしげだった。じっと姉を見つめたあとで、ふーっと息をついた。


「ま、いいし。仲がいいのはほんとっぽいけど、実際に付き合ってるかどうかなんて、実はそんなに疑ってないし」


「え?」「え?」


 ぼくとエドナさんの声が重なる。


「あんなメッセージの返信なら、まあそりゃそうだし。『私たち付き合ってるよね?』って言われて『仲良くなりたいと思ってます』じゃあ、どう考えてもカップルとは言えないし」


 スルトさんの話す不可解な内容に、エドナさんはきれいな眉を寄せた。


「……メッセージ……? あ!」


 エドナさんは鞄からスマホを取り出すと、たぷたぷとなにかアプリを呼び出した。

 そして。


「うわ!!!!!!」


 爆発した。


「な、なにこれ!? 私、こんなメッセージ送ってないんだけど!??」


「え!??」


 今度はぼくが驚く番だった。


「さっき善くん、たしかメッセージがどうのって言ってたよね? それって、これのこと?」


 エドナさんはメッセージのやり取りが表示された画面をこちらに向けた。


「あ、はい! それです!」


「ひゃあぁあああぁあぁぁ! なにこれ! 私こんなの送った覚えないんだけ……ど……」


 そこで、ぼくもエドナさんも、いっしょにひとりの人物に目を向けた。


 腰に手を当ててつまらなそうな顔をしているスルトさんに。


「スルト!? スルトがこのメッセージ送ったんでしょ!?」


「そうだし。ふたりの関係がよくわかんなくてもやもやしてたけど、お姉様のその機械をみて閃いたし。最初からこうすればよかったんだって。お姉様が寝てる間に、お姉様のふりして送ればさらっと応えてくれるはずだって。あたしやっぱり天才だし……」


「いや、あのね、スルトさん、その、こういうことはあんまり――」


「? なにか悪いことしたし?」


 姉とその友人Aであるぼくの言葉にたいして、スルトさんは小首をかしげるばかりだった。


 多分この子、こっちの世界のデジタルな道徳観念みたいなものがよくわからないんじゃないだろうか……インターネット関係のトラブルで若い子が犯罪に巻き込まれるケースが多発しているし、だれかがきちんと教えてあげた方が……。


 とか、危ぶんでいたら。


「――――――――スルトさん?」


 めちゃくちゃ怒っていることが、ぼくでもわかるほどに、リエちゃんの背中から闇色のオーラが出ていた。


「げ……な、なんだし。あ、これもしかして、スルトまたなんかやっちゃったし?! 待って、リエ――」


「――――――――帰りましょう」


 一言一言の前に、重みのある空気を感じる。

 

「うわぁあぁぁん、お説教はやだしー!」


「――――――――私の話がわかるまでごはん抜きです。善くん、ごきげんよう。エドナさん、またのちほど」


「あ、うん。ま、またね」


「あはは、あとでねー。お手柔らかにー」


「ご飯抜きだけはやだしー!」


 リエちゃんに引きずられて去っていくスルトさんだった。

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