家族だけど。家族だから。

「なまくらものが!」

 私が高校生の時、祖父にそう言われた。当時の私には意味が理解できていなかったが、その怒鳴り声から悪い言葉なのだと想像できた。家にいるのに仕事をしないのが気に入らなかったようだ。

 そうやって怒鳴られていたのを他の家族は知らないし、知ったところで「そういう人だから仕方ない」と言われて終わるのだ。

 その祖父は、私が大学生の時に他界した。生きていたら絶対に実家に戻ってなどいなかった。祖父に対しては憎しみの感情を持っていたように思う。




 実家は自営業のため、戻るとすぐに働いた。病気だからと休んでいられる家ではない。インフルエンザでも熱が下がればすぐに仕事である。

 基本的に休日のない仕事だが、本当に動けない時は休ませてもらえたし、繁忙期でなければ休憩時間を多めに取れた。

 無給から始まり、徐々に少額ながらももらえるようになった。


 実家を再び出ようと、仕事や部屋を探したことはある。だが、そのタイミングで災害が起きたりするのだ。その度に「こんな時に一人だったらどうしていただろう」という不安に襲われる。

 さらに、一人暮らしをしていた時に音が気になっていたことを思い出す。隣人の音を気にする以上に、自分が出す音が気になるのだ。隣から聞こえるということは、こちらの音も聞こえるはずだ。どの程度の生活音ならば迷惑にならないのだろうかと考え、ストレスを感じてしまう。

 そして結局、実家暮らしのままで今に至る。


 実家に住んだまま、どこかで仕事をすることも考えた。外で仕事をすれば今より収入は増えるだろう。しかし、休日は実家で働くことになる。休みなく働き、ストレスが増えるのかと想像すると一歩が踏み出せない。

 資格を取得しようと勉強している。ずっと今のままでいることはできないと理解はしている。




 祖母も口うるさい人だった。昨年に他界し、私は少しだけ自由を得た気がした。

 祖母は病を患ってから家庭菜園や庭の作業をしなくなったが、口だけは出した。それが今年は好きにできるのだ。野菜を育てたり、庭で作業するのは嫌いではない。

 母も自分のやりたいことができる時間が増え、少しは楽になったようだ。


 それでも、突然に訪れた祖母の死を受け入れるのには時間がかかった。急に空いた心の穴を埋めるように、やたらと行動した。その反動が今年の精神の落ち込みに繋がったのではないかと考えている。




 次は私が親の世話をし、見送っていく番か。そう思うようになった。

 いろいろと不満を持っていても、嫌いなわけではないのだ。家族とはそういうものなのかもしれない。

 相談相手にはならなくても、精神の弱い私を見捨てずにいてくれる。良い娘ではないが、できる限り悔いのないように親孝行をしていきたいと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る