うつ病は繰り返すのか
私が心療内科で「抑うつ病」と診断されたのは、社会人1年目の時のことだ。
当時、私は都会の中心部にある大きな量販店で働いていた。入社して1週間で売り場に立ち、必死に仕事を覚えようと努力した。
ゴールデンウィークの忙しさが過ぎた頃から、食欲がなくなり、睡眠時間が減った。
腰痛がきっかけで精神が急速に病んだ。
夏が終わる頃、重たい段ボールを運んでいてギックリ腰になった。病院に行って痛み止めを処方してもらい、コルセットを装着しながら仕事をした。
売り場で呼ばれてもすぐに動けないし、重い物を持てない。「客を待たせるな」と言われ続けてきたので、つい焦ってしまう。客に私の腰痛など関係ないし、急がなければいけない。役立たずだと感じた。
手の空いている同僚がいない時に重い商品を運んだところ「恩を仇で返す気か」と怒られた。
どうすればよかったのだろう。答えは今でも分からない。
いつも監視されているという感覚はそれまでにもあったが、さらにその感覚が強くなった。職場だけでなく、あらゆる場所で他人に恐怖を感じた。帰宅しても心が休まることはなかった。
売り場に入った瞬間から全身が痺れるようになった。頭がボーッとするし、痺れた指は丸まって開かなくなる。ミスが増えると怒られる回数も増える。
怒られた私に先輩がしたアドバイスは、柔らかい表現をすれば「天に召されればいいのに、と思っておけばいい」である。ミスの多い私もそう思われているのではないかと、怖くなった。
駅のホームで「ここに落ちればもう行かなくていい」と思ったことが何度もある。踏みとどまった理由は負けたくなかったからだと思う。
「最近の若者はすぐに辞める」
当時、そんな言葉がよく聞かれた。あと「これだからゆとりは」なんて言葉も。定義だと私はゆとり世代ではないが、そのセリフを使いたい人間が職場にも存在していた。
そう言われたくなくて頑張ってしまった。同期が次々に退職するのを見てきたのだから、転職してしまえばよかったのに。
私が大学生の頃、就職セミナーで「エントリーシートは200社以上に出さないと内定をもらえない」なんて言われた記憶がある。
志望する会社の最終面接まで行ける回数は少なくなかったが、私はそこまでの人間だった。お祈りメールを何通も受信するうちに「あなたは社会に必要ありません」と言われているような気がした。
それをまたやり直すのかと思うと、転職活動も億劫に感じた。
結果、売り場で膝から崩れ落ちた。
上司に言われて行った脳神経外科で異常はなかった。精神の問題なのだから当然だ。
次に同僚の友人が働くという心療内科に行った。そこで「抑うつ病」と診断された。診断書を出してもらい、2か月ほど休職した。
通院ついでの買い物や、ゴミ出し以外はほぼ部屋に閉じこもっていた。薬を飲んでも眠れないし、眠ったところで夢の中でも働き、怒られ、泣きながら目覚める。
早く治したくてインターネットで「うつ病」と入力すると「うつは甘え」などという否定的な文字が目に入った。気する必要がないものを気にして落ち込んだ。
ちょうど、うつ病についてのコミックエッセイが売れていたので、私も読んだ。その人には支えてくれる家族がいた。私の家族も仲のいい友人も近くにいなかった。孤独感が増しただけだった。
ある日、上司から「休めるの今月までだから」と電話があった。復帰するのは無理だと思い、退職するために店舗に向かった。道中、近づくほどに動悸や痺れに襲われた。
退職したいと伝えると「サポートするから大丈夫」だと言われ、思考能力が低下していた私は素直に職場に復帰することにした。店長と副店長と上司の3人からそう言うのだし、きっと良い方に向かうのではないか、と。
だが、年末商戦に突入していた売り場にサポートなど存在するわけがなかった。復帰して1週間後、売り場で涙が止まらなくなった。
店長が「もうダメなんだろ?」と突き放すように言った。私が「はい」と返事をすると、すぐに事務スタッフに退職届けを用意させた。
繁忙期に人員を減らしたくなかっただけなのだと、しばらく経ってから気づいた。職場への復帰は私の精神をさらにすり減らしただけで終わった。
退職後は手続きに追われた。通院のために保険証が必要だったこともある。手伝ってくれる人はおらず、全て自分で調べて動いた。
久しぶりに連絡をくれた学生時代の友人に「実はうつになっちゃって」と話すと、それ以降、付き合いがなくなった。
世間のうつ病患者に対する印象はそんなにも悪いのかと悲しくなり、しばらく連絡を取り合っていない人の連絡先を携帯電話から削除した。
回復する気配がなく、職探しもできず、貯金も底を尽きかけ、実家へ帰ることにした。
それなりに回復してきていた精神は、30代後半の今になって再び状態が悪化した。
うつ病は今後も繰り返すのだろうか。
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