第7話 愛猫

「へい!いらっしゃい!」


 札幌都心から少し離れた居酒屋の引き戸を引いて暖簾を潜る。そこには、活気のある店主の声と店員の笑顔が二人のことを出迎えていた。

 壁には訪問した芸能人の色紙が至るところに飾られており、人々から愛されている店であることが一目でわかる。


「三頭さん!こっちこっち!」


練馬が二人のことを見つけると立ち上がり手で招くと三頭は練馬の隣に座りビールのジョッキを、島江は龍河の隣に座りオレンジジュースが注がれたグラスを渡した。


「それではみなさんジョッキ又はコップを持ってください!島江と龍河の初任務完遂を記念して!かんぱーい!」


 練馬が指揮を取って乾杯の合図を送ると、隣同士、机の向かい合わせの人たちとジョッキやグラスの縁を軽く当てた。


「かんぱー…」


「…」


 龍河は両手にグラスを持つ島江にグラスを傾けると、それに気づき視線を向けるとそっとグラスを重ねた。


「ぷはぁー!!おい龍河!今日の三頭さんよく見ろよ!」


「確かに…言われてみれば」


 ジョッキを掴み龍河の隣に練馬が座り込むと吐息から酒独特の香りを感じ、よく見れば顔は赤く染まり三頭に視線を向けていた。


 初めて出会った時や呼び出された時と比べて、カーラーで巻かれた髪、耳には金の輪のピアスと大人っぽい雰囲気を醸し出す三頭に「なんでかわかるか?」と練馬は更に龍河に問いかける。


「…全く」


「お姉ちゃんは"多重人格者"だから…あなたみたいに」


「_正解!!」


 島江が語り出すと、練馬は笑顔で島江に親指を立てた手を突き出す。


「どういうこと…ですか?」


 理解が追いつかない龍河はお互いの顔を眺めることしかできなかった。


「三頭さんの中には3つの人格があってだなぁ、その人格が一日ごとに交代しているんだよ。今日の三頭さんは、きっと商談や何かしらの会談があったんだろうな」


 メンバーの話にうっすらと笑みで返す三頭の様子を練馬は眺めながらさらに龍河に語りかける。


「三頭さんの人格の一つ目は、"軍人"としての側面をもつ人格。これは島江と社長室に入った時だな」


「"軍人の側面"ですか?」


「あまり細かいことは言ってなかったな、俺の知人からの情報だけど、三頭さんは国防隊の中ではパッとしなかった女性隊員だったらしい」


 国防隊_日本が日本国憲法9条の改正を機に陸・海・空の自衛隊としての組織運用の効率化を図るため、これらの3つを統合して名付けられた組織の名称。今は国防隊としての認知が高い。


「だが_そんなある日を境に、三頭さんは突如頭角を表し、女性で初めて10代で選りすぐりのエリートが集う特戦隊のメンバーに選ばれ、それからは色々表彰されたりで右肩上がりの人生ってところにトリカブトここに任命されたってわけよ」


 練馬はさらに「ここにそんなエリートがいるなんてもったいないよな〜」と一言ぼやいて、テーブルに置かれた料理に手を伸ばした。


「二つ目は"商人の側面"を持つ人格で、もう一つの人格はなんですか?」


「え?、ただの"酒カス"だよ、明日見ればわかるさ」


 あっさりとした返しに、龍河は戸惑いの表情を浮かべつつもグラスの中のオレンジジュースを口に流し込む。

 練馬は立ち上がり三頭のところへと移動していった。



 その後、ミニゲームを挟みながらも時間は過ぎていき、練馬や二十歳以上は体を支えられながらも我慢できなかった者に対しては、電柱に嘔吐するほど酔い潰れていた。


 それに対して三頭は何事もなかったかのように会計を済ませ外で待っているメンバーに「本日は私の奢りです」と呟いた。


「おいおいー今日は三頭さんの奢りだからって言うのに、是ちゃん吐くんじゃねぇ飲み込めぇ!!」


 練馬は上機嫌で酔い潰れていた是枝に対して煙草を咥えながら煽り入れれば、手持ちのライターで先端に火をつける。


「龍河くん」


「は、はい?」


 龍河は振り向くと横半分に折りたたんだジャケットを片手に持ち、三頭の呼びかけに応じた。


「島江さんとの生活は慣れたかな?」


「今のところは、お互いの"ルール"を定めているので、これと言って問題はないです」


「ルール?」


 三頭は彼の言葉に腕を組み、うっすらと口角を上げて興味を示すかのよう尋ねる。龍河はポケットからメモ帳を取り出し、記されている貢を捲った。


「朝は6時に起きること。緊急性を要しない限りお互いの部屋に入らない。シャワーの順番はじゃんけんか早いもの順。洗濯は別々で回す。とか」


三頭はルールの中身にふふっと少しずつ笑みが溢れ、「それなら特に問題はなさそうだね」と島江との共同生活に支障がないことの確認した。


「あの…三頭さん、島江さんとの関係を詳しく聞きたいです。練馬さんが、"島江さんはあなたが教え込んだ"と聞いて…」


「教え込んだって、全く…そうだね_私はあくまで、河川敷の橋の下にいた島江彼女を保護したに過ぎないよ」


「なぜですか?」


「彼女は私が生きてきた中で、とてつもないほどの才能を持っているように見えたからだよ。まるで大きなダイヤモンド原石そのもの_龍河くんもそう思わない?」


(確かに三頭さんの言うことに思い当たる節はある。

 武器を持った強盗達に対して余程のことがない限り武器を使わず、最も簡単に倒してしまう圧倒的な身体能力に"氷"の能力まで備えている彼女は言うまでもないほど才能に満ち溢れているにしか思えない)


「私はそんな彼女に護身術など教えただけだよ。後は彼女の努力かな」


 三頭は顔を上げて空を眺めた。すると龍河を練馬は呼び出し、彼のところへ向かった


「龍河と島江、あと酔い潰れた奴はここでさよならだ、とりまここで解散!」


 煙草を咥えた練馬は飲み会を閉め、メンバーを解散させた。


「美味しかったですね、島江さん」


 街灯の淡い光に照らされた夜道を歩きながら、龍河は島江に語りかけると無言で頷き、「シャワー先いい?」と低い声色で尋ねた。


「…別に大丈夫ですよ」


 龍河は島江の問いかけに応じ、共同生活している部屋の扉の鍵を開ける。


「な、なにこれ?…ンンッ!!」


 扉が開くと部屋の至るところに糸が張らていた。龍河はすぐさま口に手を当ててその場で座り込んだ。危機感を感じた島江は腰から銃を取り出す。


「お帰りなさい♡、こんな夜遅くに_しかも女の子まで連れて…」


暗闇の部屋の奥から女性の声が聞こえ、ゆっくりと二人の元へ詰め寄る。すると月の光で下からその存在が明らかになっていく。龍河は上げて


「堀越…キラリ」


「ニャオ♡」

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