一章 femme fatale

第1話 崩壊する日常


─チュンチュン


「んっ、んぅ〜…朝かぁ」


カーテンの隙間から日差しが差し込み男の顔を照らす。男は重たそうに体を起き上がらせ、リビングのある1階へと階段を降りていく。


「おはよう」


「おはよう焔、ご飯もできているから冷めないうちに食べなさい」


 男の名前は龍河焔たつかわほむら、平々凡々の家庭で生まれた高校2年生。彼はリビングに向かい両親に挨拶を交わす。母は台所で食器を洗い、父はソファで新聞を広げている。何も変哲もない朝の日常。


「すすきののライブハウス襲撃事件から5年が経過し、昨日大通り公園で事件の被害に遭われた関係者らが通りかかる通行人にビラを配り、現在も行方不明の堀越キラリさんの情報提供を呼びかけました」


「不思議なこともあるもんだな…被害に遭ったにも関わらず、その当事者は現在になっても行方不明かぁ…一体どこに消えたのやら…」


父は一人ぶつぶつと独り言をつぶやきながらテーブルに置かれていたコーヒーを口に運んだ。


 確かに、この事件は全国まで大々的に広がった。当時は車と人の通りが激しい時間帯もあり、周辺に規制線が貼られると周りにはその様子を収めようとするものが後を絶たなかった。最終的に特殊部隊によって犯人は拘束され、死者0人、重軽傷者25人、行方不明者1名という稀に見る大惨事になった。


その後、犯人は元国防隊員であったことが分かり国防省まで記者会見を開くことになった。また、立ち入り検査や周辺の捜索で襲撃された彼女堀越キラリを捜そうとしたものの証拠を掴めないまま今に至る。その後、アイドルグループは事務所の経営破綻に伴って解散。メンバー各々はひっそりと社会生活の中へへと溶け込んでいった。



「おーい、何1人ぶつぶつ呟いてんだぁ?…なぁ」


「学校で独り言とか…こわっ!」


「い…いや…そんなわけじゃ…」


 焔の机に着崩れた制服を着た男子二人は浪川大輔なみかわ だいすけとリーダーの大井大河おおい たいが、そしてスカートの丈を短くし、携帯を弄っている大谷花音おおたに かのんがやって来た。


 彼らは新学期の自己紹介の時に目をつけられた事がきっかけでほぼ毎日のように絡んで来ては僕をパシりとして扱っている。



「なぁ、今日の夜に学校裏の廃病院に一緒に行こうぜ、もちろん…ほ〜む〜ら〜お前も参加するよな?」


「でも、そこってホラーの界隈でも噂になるほど怖い場所じゃ」


「ネットの情報が嘘かホントかを確かめるために今日行くんだろ?お前に行かないって選択肢はねぇんだよ」


「分かったよ、行くよ…何処に集まれば…」


「話が早くて助かるわ〜」


 取り巻きを仕切る中心的な男は彼の会話を遮り、背中を強く叩けば満面な笑顔で取り巻きたちと共に教室をあとにした。


* *


「どうしてこんなところに…おーい!」


 彼らからは集まる時間も場所も伝えられず、「俺らは先に行ってるから後から来いよ!」との連絡を残したきり返信はない。彼は携帯の光を頼りに看板に書かれている立入禁止の掟を逆らって中へと入っていく。


 僕らが生まれる数十年も前から小山にある廃病院ここは今は立入禁止として封じられている。昔は、街の病院として機能はしていたものの、当時感染症による影響で精神を患った院長が院内で服毒自殺を図った事で、その霊がうろついているという噂がネット上に上がり、近年では心霊スポットとして肝試しでやってくる輩が後を絶たない。


「…着いた」


 しばらく草木をかき分けながら進んでいくと、開けた土地に辿り着いた。周りにはコンクリートが剥き出しの状態の建造物が姿を現した。


(ネットで調べて出た画像よりも実際に見に行くとでは違うな…すごく空気が重く感じる)


 彼は、「今、この場を去れば怖い思いせずに済むかもしれない」と頭の中で過ぎるものの、取り巻きたちの指示に従うように彼は廃病院へと入るのだった。



(それにしても│取り巻きたち《彼ら》はどこにいるんだよ?もしかしたら…ドタキャン?)


 院内の中は壁の至る所にスプレーによる落書きと蜘蛛の巣があちらこちらに張っていた。そしてしばらく辺りを歩いていく。


ーーヴ…ヴヴ…


「!…この携帯って大谷さんの携帯?」


 そこには取り巻きの女性の携帯が落ちており、画面には両親からの通知が幾通にも掛かっていた。


「この近くにいるのか!…お、おい!答えろよ!!…」 


 恐怖のあまりを辺りに声を荒げても返ってくるのは反響する自身の声のみ、急いでその場を出ようとした瞬間、何かに躓きその場で倒れてしまう。


「あの…大丈夫ですか?」


転んだ彼の前に一人の女性が声をかける。


「だ、大丈夫です。あなたはなぜ│ここ《廃病院》に?」


「なんて言ったらいいかな趣味?まさか君もいたなんて驚きだけど」


 彼女は小さく微笑んでは焔の前に手を伸ばせば、彼はその手を掴み立ち上がると、まず初め目に飛び込んできたのは月の光に照らされた可憐な顔と首元に巻かれていた包帯だった。


(なんだろう…この顔立ち見たことあるような…)


「その包帯…」


「これのこと?私…その自傷癖でさ、腕では満足できなくなっちゃってさ」


彼女は問いかけに対して、首の他に螺旋状に巻かれた左の上腕を見せつけてきた。


「わからないよね…自分の体を傷つけてまでする理由が…私も忘れちゃった」


彼女は顔を下に向けると、薄っすらと笑みを浮かべながら呟いた。


「ところで、君の名前は?」


「僕の名前は龍河焔、あなたは?」


「私は蜘寺紗友里くもでらさゆり


「蜘寺さん」


「紗友里でいいよ」


「紗友里さんって…もしかして、”堀越キラリ“?」


 彼の問いかけに彼女は足を止めると、腹を抱えながら突然大笑いした。


「ごめんね!まさか…わたしの事を知っている人がいるなんて思わなかった!


 あれから5年か…長いようで短かったな…ちょっとここで待ってもらえる?すぐに戻って来るから」


彼女の彼は応じると、ゆっくりとした足取りで暗い廊下を歩いていった。



それからしばらく経っても戻って来る様子がない彼女に我慢できなかった彼は一步、また一歩と彼女が歩いていった廊下を進んでいく。


(うっ!!…何だこの匂い…)


奥に入るにつれて蜘の巣が比べ物にならない程に張られており、更に経験もしたことない強い刺激臭が鼻を襲う。彼は手で覆いながらそれでも前へと進む。すると、唯一扉が空いている部屋見つける。


ーーカサカサ…


部屋の様子を眺めようとした瞬間、突如として蜘蛛の群れが彼の身体に蠢いて押さえつけるように糸を吐き、身体を巻きつける。


「だから…待っててって言ったのにー」


その様子に気づいた彼女は巻き付かれた彼の身体を見つめれば冷笑い、その身体を片手で掴み、引きずらせながら中へへと入っていく。部屋の中は至る所に血が飛び散り、更に繭のように巻き付かれた人の体がいくつもある中、近くにあった椅子に座らせる。


「龍河君…この5年で何があったのか聞かせてくれる?」


彼女は座らされた身体の上に跨がれば感情の籠もっていない笑顔で彼のことを見つめる。


「り…り、両親…やそ…その関係者が今でも君の帰りを待っていて、通行人にビラを配ってい…」


彼は恐怖のあまり巻き付かれた体を震わせつつ、視線を逸らしながら彼女の問いかけに対して、自身が知っている範囲で答えていく。


「そうなんだ…私、相当迷惑かけちゃってるんだね…」


「紗友里さん…今でも戻れば…だ…!!」


ーーガブゥッ!!


「さ、紗友里…さん…」


咄嗟の出来事に彼は困惑のあまり思考が停止してしまい、噛まれたところからじんわりと熱が籠もり始めるとともに心臓の拍動も速くなる。


「…ごめんね、我慢できなくて…戻るわけ無いじゃん…君の慰めは私にはいらないの」


首元から顔を離すと彼女の口元は血で赤く染まり、彼女は再び彼のことを見つめながら答える。


「…誰か来た」


ーーカンッ!カラン…


彼女は何かを悟ったのか座っていた彼を床に次の瞬間、床に投げ捨てられた円筒状の物から煙が吹き出し、部屋の入口は白い煙で染め上げる。その中からバシュッ…バシュッ!と独特の発砲音が煙の中から響き渡る。


(誰かが…助けに来たのか!)


「よっと!」


 煙の中から勢いよく拳銃を構えたセーラー服に身を纏った白髪の女性が現れた。そのタイミングと同時に“堀越キラリ”こと蜘寺紗友里は窓から飛び降りながら繭に繋がっている糸を引けばそこから変わり果てた取り巻きたちが姿を現し、彼女はその間にも小山の中へへと消えていった。


「「「ギイィィィィ…アァァァァァァ!!」」」


「……」


 女性は、襲いかかる取り巻きたちに動揺することなく、いともたやすく攻撃を交わせば報復に彼らの頭に銃弾を打ち込む。更に抵抗をしてくれば顔に蹴りを入れ、首はボールのように壁に打ち付けられやがて床に転がる。


「あ、ありがとうございます…」


ーーカチャッ


「!!」


 女性は躊躇なく焔の額に銃口を突きつける。


「……さよなら」


ーーバシュッ!



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