粘り勝ち
あるところに一人の男がいた。年は30半ば、両親は逝去していて他の家族もいない、一人暮らしの男だった。
男はある日の夜、不思議な夢を見た。自分は桃色の煙の中でふわふわと浮かんでいて、その少し高いところに六角形の光があった。それは六角形の光源があると言うよりも、光そのものが六角の形に放射をしているように見えた。
眩しさに目を細めていると、光の方から声が聞こえてきた。
『一つだけ、貴方の願いを叶えてあげます』
突然のことで困惑したが、夢の中だからか、男は少し考えて「運を良くして欲しい」と答えた。
すると、その瞬間に夢が終わり、目が覚めた。ベッドの上で目を瞬かせながら、男は夢とは分かっていながらも、少しだけ期待して仕事へ向かった。
しかし、やはりと言うべきか、特に運が上がったように感じることはなかった。気まぐれに買った宝くじも、当然のように外れた。
所詮、夢は夢だと男は思った。
しばらくして、男はまたあの夢を見た。
桃色の煙の中で、六角形の光は再び同じ声を響かせてきた。
『一つだけ、貴方の願いを叶えてあげます』
男は別の返答を考えた。だが、悩んだ末に、もう一度「運を良くして欲しい」と頼んだ。優しい恋人や多額の金銭など、得たいものは多くあったが、もし本当に与えられてしまえば戸惑うものだ。怖いとさえ思うかもしれない。それなら自分にも傍目にも、プラセボ効果のように納得が出来る運の要素を願うのが最適に思えたからだった。
案の定、また夢は終わり、ベッドの上で目を覚ますこととなった。
それからと言うもの、男は数週間に一度、全く同じ夢を見るようになった。同じ場所で、同じ質問を繰り返された。それに対して男は、何度も何度も、同じように答え続けた。
数ヶ月の月日が流れたころ、もう何回目かも数えることも億劫になった夢を見た。その時の男は疲れ切っていて、夢の中でも瞼を擦っていた。
『一つだけ、貴方の願いを叶えてあげます』
男はもう面倒になっていた。懲りずに聞こえてくるこの声にも、それが何度も繰り返されるこの夢にも。だから、もう吹っ切れて「一億円が欲しい」と答えた。
するとその瞬間、目の前に巨大なアタッシュケースが現れた。ケースは出迎えるように開き、中のピン札の顔がずらりと拝むことが出来た。夢の中とはいえ、その壮観な光景に、思わず「おぉ」と呟いた。
そしてその呟きを最後に、夢は終わった。
目が覚めたから、ではない。
脳と心臓は機能を停止し、男は死んでいた。
男が死んだ家の屋根に、ふわふわと浮かんでいた黒衣の何者かが、安堵のため息を吐いた。
「やっと、選ばれた不運を享受してくれた」
黒い影は手元のメモ帳にチェックを付けると、背中のずり落ちた鎌を背負い直してから次の運のない当選者を探し始めた。
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