不安な賭け事
「特技があるんだけど」
「はあ」
弓坂さんは唐突に喋り出した。わたしは手元の紙パックのお茶を潰しながら、気のない返事をした。
「双子の卵が分かるんだ」
「双子?」
「え、分かんない? 一つの卵に黄身が2つ入ってるやつ」
「いや分かりますよ。見たことはないですけど」
「あれが分かるのよ」
「はあ」
「第六感っていうのかな、もう双子の卵の気配が分かるんだよね。なんか意識がぐーって引っ張られんのよ」
「はあ」
繰り返し気のない返事をすると、彼は露骨に不機嫌な顔をした。
「もうちょっと興味持ってよ」
「そんなこと言われましても、双子の卵が別に身近じゃないですし」
「でもこっからまだ続くんだからさ、こっちのモチベも考えてよ」
「僕今特殊なバイトさせられてます?」
「こっちは金払ってんだぞ!」
「払われてないです」
彼との雑談はよく話が脇道に逸れる。こうなるとすぐに戻ってくるのは至難の業で、案の定今回もしばらくの時間を要した。
「んで、そう! 双子! 双子の話!」
「え? ああ、そういえば卵の話でしたね」
「キリンの花言葉の話してる場合じゃないよ」
「別にそんな早急な話でもないでしょうに」
「い〜や、早急な話だね」
弓坂さんは腕を組んで背もたれに沈み込むと、わざとらしく鼻を鳴らした。そして、極めて重大な話を始めるような声色で言った。
「今、俺の家の冷蔵庫で緊急事態が起こっている」
今度は何を腐らせたんですか?
そう聞こうとして踏みとどまる。あまりからかい続けると拗ねるからだ。わたしは促すように顎をしゃくった。
「冷蔵庫から、双子の卵の気配がするんだ」
「そりゃあ、まあそういう時もあるでしょうよ」
「でも、中の卵を使い切っても、双子は一つもなかったんだ」
「じゃあ弓坂さんの直感が衰えちゃったんじゃないですか?」
「いや、そんなことはない。むしろガンガンに働いているんだよ」
「でもなかったんでしょう? 双子」
「……その気配さ、一つじゃないんだよ」
「…えーと?」
「初めは気が付かなかったんだけど、普通に片手が埋まるくらいの気配がするんだ」
「…」
「しかもよくよく見たら、冷蔵庫の中じゃなくて裏側から感じるんだよな」
「…それって、冷蔵庫の裏に」
弓坂さんはゆっくりと頷くと、遠い目をした。
「本命ゴキブリ、対抗スズメバチ、大穴でカマキリ。誰だと思う?」
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