事故係

 ひっくり返った車を覗きこむと、中には2組の男女がいた。運転席の男は潰れたエアバッグの奥で頭を割っている。助手席の女もほぼ同様だった。

 後部座席の男女は先の2人ほどの外傷は見られないが、意識を失っているらしく微動だになかった。

 わたしは一度車体から離れ、周囲を懐中電灯で照らした。しかし、ちょうど良さげな石が見当たらない。幸さんのいうとおり、前もって用意しておけばよかった。

 結局、辺りを何度もうろついて何とか石を見つける事が出来たのは、10分近く経ってからだった。

 目当ての石を片手に車の元へ向かう。もしも男が意識を取り戻していたら面倒だな、と思っていたが、幸いなことにそんなことは無かった。

 割れたガラスに彩られた窓から腕を伸ばし、男の髪の毛を掴んで引き寄せる。そしてそのまま、男の顔に石を叩きつけた。

 この時の音を、なんと形容するのが適切なのだろう。ドン、でも、ガッ、でもない。なんというか、ギュッという音を飛び切り低くして、それを水っぽくしたような、そんな感じの音だ。

 その音を何度か響かせていると、奥に見える女がもぞもぞと動き始めた。どうやら、起きてしまったらしい。

「ちっ」

 つい舌打ちが漏れる。

 男の顔を見れば、ほぼほぼ死んでいる亀裂の入り方をしている。普段であれば、念には念を入れてもう少し続けるが、今は向こうの女が先決だ。わたしは腕を抜いて小走りで車体の反対側へ向かった。

 先ほどと同様に覗きこむと、ちょうど女が開いた目と目があった。左の瞼を切っているらしく、片目でこちらを見止めた彼女は、状況が理解できておらず混乱しているようだった。

 わたしは普段事務所で電話応対する時のように、やや高めの余所行き声を作って笑顔で話しかけた。

「お疲れ様です! やり直しの時間ですよ!」

 口にしたのは、当番の誰かが言い出した誤魔化しの文句だった。

 適当で、でも何か意味がありそうなことを言いまくって混乱させて、そのうちに片付けてしまおう。

 なんとまあ、電子化が進んだ現代においてアナログな手法だろう。もしマニュアルを作るとしたら、そう書くのか。書かされそうだな。わたしが。

「……は…う、やりなお…?」

 しかし事実として、混乱している様子を見ると、この方法は効果的だと言わざるを得ない。わたしはにっこりと笑いかけ、彼女の顔に手を伸ばした。

「大丈夫ですよ、皆さん、ちゃんと真ん丸になれますからね」

 再びでたらめを言いながら頭を掴み、石を持った右腕を窮屈な車内で振りかぶる。事態を理解し、声を上げるよりも先に、へしゃげた車の中にあの形容しづらい音が響いた。

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