長い付き合い   2(完)

 学校へ着いてからも、手元の異変は気になり続けた。

 ノートを取るときも、教室を移動する時も、どうしても気になってしまう。

 なんだかカサブタが出来た時みたいに、気にしないよう、気にしないようと考えてしまい、そう考えれば考える程、余計に気になるという悪循環に陥っていた。

「ねえ、手首のそれなに?」

 休み時間、興味津々といった顔で友人が近づいてきた。

「ああ、これ? なんか朝起きたらこうなってた」

 手をひらひらとさせながら、所帯投げに答える。友人は、苦笑いと困惑の中間みたいな表情をしながら、触ってもいいか聞いてきた。

「ガチで言ってる? やばすぎ」

「ガチ」

「うわ、ガチじゃん。何したらこんなになるの」

「おれもしりたいわ。なにこれ」

「俺てっきり、変な中二病発症したのかと思ってビビってたよ」

「んなわけ」

 取り留めのない会話をして笑い合うと、少しだけ心が落ち着くのを感じる。自分の体に起こった異変を気にしないでくれたからか、それともその異変を共有できたからか。理由ははっきりしなかったが、朝から続く焦燥感が薄れていったのは確かだった。

 それからは、自然と別の話題へ移行した。この日、この手相のことについて触れられたのは、この友人とのやり取りだけだった。

 学校が終わり、帰宅部の友人と共に駄弁りながら家へと帰る。その頃には、もう生命線への意識はかなり薄くなっていて、家について手を洗った時に思い出したほどだった。

 タオルで拭ったばかりの、まだ湿気の残る手を見ながら、キッチンへと向かう。

 キッチンでは、母が夕飯の支度をしていた。匂いから献立を予測しようとするが、いまいちピンと来ない。とりあえず、おいしそうな匂いだということは分かった。

 冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップについで自分の部屋へ向かう。階段を上りながら、一口に含むと、よく冷えていておいしかった。

 部屋に入り、机にコップを置く。そして、ポケットのスマホを取り出すと、ベッドへ身を放った。

 そのまま、スマホを顔の前に持ってきて、「生命線 伸びる」で検索してみる。予想通り、一般的な生命線のうんちくが書かれていて、異常に伸びる生命線のことなど書かれていなかった。

「はあ」

 スマホを枕元へやり、手の甲を証明にさらして生命線を見た。

 まあ、長くて困ることも無い。むしろ、長生きできるかもしれないし、話のタネにもなるだろう。

「生命線のギネスとかないかな」

 もしくは、生命線の短さがコンプレックスの金持ちとか。そんな人はいるわけないし、仮に居てもあげないが。

 なんともおかしなことだが、まだ一日の付き合いなのに、もうこの皺に愛着湧いてきている自分がいる。

 思った以上に、友人とのやり取りで得た落ち着きは、自分を支えてくれていた。

 とんでもない事が起こったと思ったが、おれの人生は、そう劇的には変わっていない。でも、それくらいでいい気もした。

 麦茶を求め、ベッドから起き上がる。枕元に表示されっぱなしの手相の記事を、片手間に削除しながら立ち上がった。

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