黄色い姿   1

 わたしの名前はイソイ ノリヒコ。訳あって霊媒師をしている。

 ありがたいことにわたしの元には、様々な悩みを抱える人々が次々とやってくる。  

 今日の依頼は、イノウエ ユウジさんという都内の大学生からだ。数日前に相談の連絡が入り、今日事務所に来てもらうことになっている。

 電話越しのイノウエさんは焦ったように少し早口で、出来る限り早く何とかしてほしいと話していた。どうやら、随分と切羽詰まっているらしい。会話の所々で、涙声に聞こえる瞬間もあった。

 約束の時間の15分ほど前、事務所のインターホンが鳴らされた。壁際に設置された小さなモニターに近づき、応答する。

「はい、どちら様でしょう」

『あの、先日連絡したイノウエです』

 モニターに映る姿は派手過ぎず、かといって地味過ぎでもない、昨今の大学生らしい風貌をした青年だった。聞こえてきた声は今までの依頼人の例にもれず、酷く暗い。

 わたしはすぐに扉を開けると告げ、インターホンを切る。扉へと近づき、ドアノブを押した。

 扉を開けると、外にいたイノウエさんの肩がびくりと跳ねる。そしてこちらの顔をみて、どこか安堵したように小さく頭を下げた。

 そして、その後ろ。

「…ようこそ、磯井霊媒相談所へ。さあ、中へどうぞ」

「よろしくお願いします」

 暗い声で答える彼を、まじまじと見つめる視線。

 そこには、不自然に背の高い女の姿があった。

 高身長、という表現は不適切だろう。例えるなら、画像加工アプリを使って、無理やり上下に引き延ばしたような、そんな姿が見えた。

 女は縦長の血走った目で、イノウエさんの後頭部を、穴が開くように見つめている。すぐそばにいるわたしの姿には目もくれず、ずっと。

 彼女が人間ではない事は、すぐに分かった。それは、彼女の様子がまともではないから、というのは勿論のこと、わたしの霊媒師として能力故のものだった。

 わたしの目に映るこの世ならざるものには、ある共通点があった。その共通点は至ってシンプルなもので、今回も女の服装に、それは現れていた。

 彼を見つめる、異常な女の姿。その女の身につけている服装。トレンチコートやパンプス、整えられていない長髪の髪は、目に眩しい綺麗な黄色をしていた。

 ベタ塗りしたような、ムラのない、均一な黄色である。

 想像と最も近しいのは、あの人だ。

 日曜日に落語家さんたちが一堂に会し、愉快な問答を繰り広げてくれる、あのご長寿番組。そのメインメンバーの落語家さんの、あの黄色だ。

 心霊がわたしの目には黄色く見えているのか、心霊というものは黄色いものなのか、わたしには分からなかった。しかし、わたしの目に映る揺るぎない事実は、いつもわたしたちを笑わせてくれる、あの人の黄色だった。

 最近あまり体調が良くないそうだが、大丈夫だろうか。心配である。

「あの、どうかしたんですか…?」

 考えを巡らせていると、イノウエさんが不安げに声をかけて来た。

 彼はわたしの視線の先である自身の後ろを一度振り返ったあと、何もに気が付かない様子で強張った顔をこちらへ向けた。

「ああ、すみません。少し考えごとを。ささ、どうぞどうぞ」

 ただでさえ不安であろう依頼主を放置してしまうとは、わたしもまだまだ配慮が足りていない。

 頭を下げて、イノウエさんを促す。彼は失礼しますと小さく口にして、部屋の中へ入っていった。

 当然の様に、黄色い縦長の女も、吸い付く様に彼の後ろを追う。

 依頼人と、推定依頼の原因が、ゆっくりとした足取りで部屋の奥へと進んでいくのを見ながら、音を立てない様に扉を閉めた。

 

 


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