第19話 林檎の毒
新しい侍女となったコンウェナは忙しそうにあちこち駆け回っていた。
「シーツを変えて…部屋のお掃除して…お茶の準備を…。」
年齢にはそぐわないしっかりした足取りで仕事をこなして行くのを、先日助け出された子供達が見ていた。
「何であの子は俺達と同じくらいなのに働いているの?」
「さぁ…。」
コンウェナはその会話をシーツを運びながら聞き、心の中で答えていた。
…もちろんセレスタイト様のお力になるためです!これは王太子妃様をお守りする、私にしか出来ない任務なのです!
そこへ、一匹の猫がやって来たのを見てコンウェナの体は強張った。
「セレスタイト様!…お勤めご苦労様です!」
「コンウェナ、挨拶はいい。子供達に怪しまれる、普通にしなさい」
思わず敬礼してしまったコンウェナにセレスタイトがそう頭に直に話しかけて言うと、コンウェナは少し遠慮がちにセレスタイトの隣に座った。
「セレスタイト様、何かご用でしょうか?」
コンウェナが尋ねると、セレスタイトはしっぽを揺らしながらコンウェナの膝の上に座り言った。
「今日の晩餐会なんだが、嫌な予感がする。だから君に王太子妃様の身の回りを警戒していてほしいんだ」
コンウェナはぎこちなく、しかし嬉しそうにセレスタイトを撫でながら、その話しを聞いていた。
「晩餐会ですね…心得ました」
「すまないコンウェナ、よろしく頼む」
それだけ話すと、セレスタイトはフィオナが出て来たのを確認し、それに着いて行ってしまった。
「…お二人共元気ですね、さぁ私も!」
それだけ言うとコンウェナは元の仕事に戻って行った。
***
その頃、ジャスパーの屋敷では、怪しい鍋の中に、様々な物を入れ煮込んでいる最中だった。
「…これでいい、後はこの林檎をこれに浸せば」
作っていた者にそう言うと、スピネルは林檎を取り出し、鍋の中にそれを入れた。
「スピネル、出来たか?」
「ジャスパー様、たった今出来上がったところです」
ジャスパーが階段を降りてくると、地下室では沢山の湯気が立ち込めていた。
「どうぞご覧下さい。見た目は普通と変わりませんが、毒林檎です」
「よくやった、後はこれを王太子妃に食べさせるだけだな」
ジャスパーが笑うと、スピネルも含み笑いをしていた。
***
午後になり、フィオナとセレスタイトが帰って来ると、コンウェナはエメラルドと共にフィオナの晩餐会の身支度を手伝っていた。
「これがいいかしら?コンウェナ、貴女はどう思う?」
「どれも凄くお似合いですが、赤のドレスはどうでしょう?フィオナ様」
「そうね…これにしようかしら」
フィオナが即決すると、エメラルドは不満そうに口を尖らせた。
「フィオナ様!コンウェナの意見は尊重するのに何で私のお持ちした服には袖を通さないんですか!?それにもっと違うドレス姿も見たかったです!」
「エメラルド…私は着せ替え人形じゃないのよ?それにコンウェナは貴女と違ってよく見て意見を言ってくれるから」
「私がよく見て意見を言ってないって言うんですか!?酷いです!あんまりです!もう知りません!」
そう言うと、エメラルドは泣きながらどこかへ走って行ってしまった。
「エメラルドの性格は何とかならないかしら?私も悪いのかもしれないけれど、最近被害妄想に拍車がかかってるように見えるわ」
「そんな事ありませんよ?普段エメラルド様は立派に勤めを果たしておられます。あの様になるのはフィオナ様の前だけです」
「えっ…そうなの?」
コンウェナが笑顔で頷くと、フィオナは立ちくらみがしたのか少しよろけながら晩餐会の支度を済ませた。
***
晩餐会が開催されると、ゴールド・シュタイン王に招かれた貴族や領主、要職の者達が集まり、酒を酌み交わしていた。
フィオナがコンウェナと共に出て行くと、ヒソヒソと噂話が飛び交った。
「王太子妃様は、いつ仮面をお取りになるのでしょうな」
「噂じゃ顔に酷い傷か火傷があるのではないかと」
「それはおいたわしい」
聞こえてくる噂話にため息をつくと、隣にいた王子が言った。
「気にすることはないよ?彼らはあの様に噂するのが仕事のようなものだからね。君はやりたいようにしていたらいい」
「ブルー…。」
王子にそう手を重ねられると、フィオナは手を重ね返した。
そうこうしている間に料理が運ばれて来た。
フィオナの好きな林檎のコンポートもあったが、フィオナがそれを取ろうとすると、コンウェナがそれを取り、フィオナに言った。
「念の為毒味致します」
「…そうわかったわ」
そう言ってコンウェナが林檎を口にすると、その場で様子がおかしくなり倒れた。
「コンウェナ!?」
何事かと場が静まりかえると、王子が声を荒げた。
「毒だ!毒を盛られたんだ!」
フィオナが手を叩き、急いでコンウェナを運ばせると、それにフィオナは付き添い、王子と共にその場を後にした。
一部始終を静観していたジャスパーとスピネルは、失敗はしたものの、フィオナ達の慌てる様子をほくそ笑んで見ていた。
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