第16話 視察

学校で側近を連れた王子を案内しながら、フィオナは嫌な汗をかいていた。


…何で?何で視察になんか来るのよ!?


そう思いながら後ろを向くと、王子が無邪気な笑顔を向けた。


…私の気も知らないで。


そう思い、ため息をフィオナがつくと、王子は実験室に入ると、入り口で側近達に言った。


「お前達はここで待て、中に入る出ないぞ…。」


そう言い残し扉を閉めると、王子とフィオナの二人っきりになった。


「どういうつもりなのブルー!私に何も言わずに視察に来るなんて…!」


少し怒ったようにフィオナがそう言うと、王子は少し困った様に言った。


「仕方ないだろう?急に思い立ったのだから。セレスタイトが羨ましくなってしまってな。僕も見てみたかったんだよ、君の学び舎を」


楽しそうに実験室を眺める王子に、フィオナはまた、ため息をついた。


「それでどう?この国一番の魔法使いの息子としてはいい学び舎かしら?」


「あぁ、素晴らしいよ。このコウモリの羽やトカゲのしっぽとかまさに魔術学校らしくていいじゃないか」


「他にもいい物があるわよ、見て行く?」


フィオナの問いに王子は頷くと、フィオナに手を引かれて奥へと進んだ。


「オニキス先生の鏡よ、真実の姿が映るらしいわ」


「この沈んでいる器は?」


「聖杯よ、水が湧き出て来るらしいわ」


いくつか紹介するフィオナを楽しそうに見つめて、王子は優しく笑った。


「ブルー…何か他にも気になる事があって視察に来たんじゃないの?」


フィオナが尋ねると、王子は一瞬笑が消えたが、すぐにまた優しく笑った。


「そうだな…僕はきっと学校の事と言うより君の事が知りたかったんだ。昼間ずっと一緒にいられるラピスやセレスタイトにやきもちをやきながらね」


「そんな、やきもちだなんて…。私が他の男になびくように見える?」


フィオナがそう言うと、王子はフィオナと共に椅子に座り、考えを語り出した。


「君がそんな女性じゃない事はわかっているんだ、頭ではね。でも心は嫉妬の炎で燃えている。それが僕さ」


「…そんな事無いわブルー。貴方は誰よりも優しい、だから例え恋敵だろうと優しく接するでしょう?まぁ違うんだけどね、ラピスもセレスタイトも」


フィオナの言う事にまだ納得いかない様子の王子は、学習机の長椅子にフィオナを押し倒した。

だがフィオナは落ち着いた様子で王子の頬に手をやると、宥めるように撫でた。


「どうしたのブルー?何か気に触った?」


「いいや…君があまりにも無防備だから心配なんだよ」


王子はフィオナの額にキスすると、それだけにとどめ、フィオナと共に起きあがった。


「ブルー、先生には会ってかなくていいの?オニキス先生なら奥におられるはずよ?」


乱れた服を整えて、フィオナがそう言うと、王子は少し悩みながら言った。


「うーん…オニキス先生は城にも教育係としてよく来てくれたが、あの先生のことは僕は苦手でね…どうしたものかと…。」


「そうですか?私は王子のことを少し気に入ってましたが?」


「先生…。」


話していると、オニキスが奥から現れ、王子もフィオナもすぐに立ち上がりお辞儀をした。


「まったく王子もフィオナも、来ているなら何が一言ないのですか?」


「すみません先生…。」


フィオナが謝ると、王子がフィオナの前に立ち、フィオナを庇うように言った。


「黙って視察に来たのは僕です。フィオナは悪くありません。責を負うのは僕だけにしてください」


「おやおや…王子、立派になられましたね」


「茶化さないで下さい…。」


王子はオニキスの言葉に少し照れたようにそう言うと、マントを閃かせた。


…こんなブルーは初めて見るわ。


フィオナは王子の様子を珍しい物を見る様に見ながら、黙って見守った。


「王子、いくら妃とはいえ、女性と二人きりになるのはどうかと思いますよ。皆はフィオナが妃だとは知らないのだからなおさらダメです」


「オニキス先生がおられるではありませんか、二人きりではありません。側近達にはそう話します」


「側近達に限らず生徒達にもそう印象づけねばなりません」


「…ごもっともです」


オニキスがそう話すと、王子は少し落ち込んだ様子で項垂れた。


「では、先生も今から生徒達や側近達のいる廊下に出て下さい。それなら一件落着です」


フィオナがそう言うと、オニキスは深くため息をつき、言った。


「まったくフィオナは私を顎で使ってくれますね…いいでしょう。こんなに騒ぎになっていてはそれより他はないでしょうからね」


そう言って三人で実験室の外に出ると人だかりが出来ていて王子は大人気だった。

そんな様子を見ながら、フィオナは先程まで近くに感じていた王子を遠く感じていた。








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