第11話 聖水

シトリンの領地に移住した集落の者達の協力もあり、その領地にある大きな湖に住み着く事になったドラゴンから聖水を分けてもらう事になった。


「聖水はドラゴンの涙を受けた水の事なのさ。だからドラゴンの涙を聖杯に受けて、それを泉に流して聖水を作っていたんだ。幸運な事にこの領地にはうってつけの湖がある。ここでいいんじゃないかな」


ダネルがそう言うと、長老だった老人が、聖杯にドラゴンの涙を取り、湖に流した。


「これが我々が長らく行ってきた儀式じゃ、つき合ってもらって悪いのぅ」


「いえ、私達も聖水が欲しかったので助かります」


フィオナがそう言うと、老人はニッコリ笑って小瓶に聖水を注いでくれた。


「これでよろしいかな?」


「爺さん助かるよ。これでラリマーを治してやれる」


そう言ってラピスは老人から小瓶を受け取ると、懐にしまいこんだ。


「お前さん達のよっぽど大事な人なんだろうね、聖水が必要な方は」


老人がそう言うと、フィオナとラピスは目を丸くして見合い、笑った。


「大事な友人なんです。とても明るい子で…。」


「きっと治りますよ、そうでないとおかしい」


老人の言葉に心が温まりながら、二人はチェスのコマにしていた馬を元に戻して、飛び乗った。


「それじゃシトリン、後は頼んだわよ」


「はい、王太子妃様。移住して来た方々の事はお任せください」


その会話を聞いたダネルが、豆鉄砲をくらったような顔をした。


「王太子妃?フィオナが?」


ダネルの問いかけに、フィオナは少し困ったように笑うと、かわりにシトリンが答えた。


「そうですよ、私も救ってもらった事があるんです。悪い噂もありましたがいい方なんですよ」


「シトリン…。」


フィオナが照れながらそう言うと、ダネルは少し考えながら言った。


「ふーん、また何かあったら頼むよ王太子妃!」


「こらこら坊や…様をつけなさい様を…!」


ダネルの言いように、シトリンが焦りながらそう言うが、フィオナはそれを聞くとそれを笑い飛ばし、言った。


「元気が良くてよろしい!わかったわ、何かあったら手紙でも何でもちょうだい!」


フィオナはそれだけ言い残すと、ラピスと共に馬を走らせその場を立ち去った。


「いいのかフィオナ?あいつ絶対何か書いてよこすぜ?」


「いいんじゃない?小さな文通相手と思えば、それより早くそれをラリマーに届けないと」


二人はラリマーの待つオニキス邸へ急いだ。


***


二人は到着すると、すぐに聖水をオニキスに渡して、処置が終わるのを別室で待った。

そんな中オニキスはラリマーに声をかけた。


「呪詛におかされたのもそうだが、それを治すためにとはいえ、子供をひき殺してしまったんだって?なぜそんなバカな事をした…。」


「申し訳ありません…殺すつもりはなかったんです…信じて下さい…!」


ラリマーがそう言うと、オニキスは処置をしながら言った。


「お前は愚かだがいい友を持った。これでお前は完全にとまではいかないが、呪詛をおさえ込めるようになるだろう。子供を殺した罰だと思って一生付き合っていくんだな」


「はい…。」


オニキスにそう言われると、ラリマーは涙を流した。

そして手首以外の体に張り巡らせていた呪詛が消えていった。

処置が終わると、フィオナとラピスが部屋に入って来た。


「ラリマー!」


フィオナが抱きつくと、ラリマーは泣きながらそれを受け止めた。


「ラリマー良かった、心配したのよ」


「ありがとう…フィオナにラピスも…。」


フィオナとラリマーが抱き合う中、ラピスはオニキスの方へ近づいて尋ねた。


「先生…ラリマーの呪詛は完全には治らなかったのでは?」


「あぁ、ラリマーにも話した。あの子は自分のした事を重く受け止めていたよ」


「やはりそうですか…。」


ラピスが顔を片手で覆うと、オニキスはそんなラピスの肩を叩いた。


「あれだけ呪詛が体に染みついていたんだ。むしろ相性がいいという考え方もある。あの子にはこれから、呪詛を使った高等魔術を教えよう。そして完全に治す方法を自分で探させる。それでいいだろう?」


「先生…。」


ラピスがオニキスにお辞儀をすると、オニキスはそのまま奥の部屋へ消えた。


「聞いてたな、ラリマーもフィオナも。そう言う事らしいから頑張れよラリマー」


ラピスはそう言うと、抱き合って聞いていた二人を残して、手をひらひらさせながら帰って行った。


「フィオナ、貴女も王子の所へ帰らないと。私は大丈夫だから行って」


「わかった…ラリマー頑張ってね」


「うん」


そしてフィオナは帰路に着いた。


***


フィオナがこっそり庭園から宮殿に入ると、待ち受けている人が二人いた。


「フィオナ!お帰り!」


「フィオナ様!どこほっつき歩いてたんですか!?」


「エメラルド…苦しいって…。」


興奮したエメラルドに胸ぐらを掴まれて、フィオナは呼吸困難になりながら控えめに訴えた。

エメラルドは我に返り、フィオナから離れると土下座をしながら言った。


「申し訳ございませんフィオナ様!…でも王子様はずっとお待ちだったのですよ!もうこの様な事はお控え下さい!」


エメラルドの訴えに、フィオナが困惑していると、王子がエメラルドの手を取り言った。


「いいんだよエメラルド。君がいてくれて僕は少しも寂しくなかったから。フィオナがいなくなる事は婚約前からだったしね。それは気にしなくていいからフィオナと二人にしてくれないかい?」


「かっ…かしこまりました!」


そう笑う王子にエメラルドは後退りしお辞儀をすると、宮殿の奥へと消えた。


「さぁ、僕のフィオナ…顔を良く見せておくれ」


「やーねブルー、数日空けただけじゃない。エメラルドも大げさなのよ」


王子は暫くフィオナを見つめていた。

そしてまた夜は更けていった。





















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