第10話 聖獣

夜、ジャスパーの要塞の様な城では。


「ジャスパー様、昼に見かけた旅の者達ですが…森で見失ったとの事です」


ジャスパーはそれを聞き、配下の者にワインをかけると、怒りながら言った。


「何をしていた!騎士や王宮魔導士ならわかるが、一般の旅の者だろう!?集落の者達への見せしめにしろと言っておいただろう!」


「申し訳ございません…。」


ジャスパーはワイングラスに再びワインを入れると、それを揺らしながら言った。


「聖水を求める者は多い、聖獣の様子はどうだ?まだ起きないのか?」


「はい…眠りについたままです。周りを囲ったり縄で縛ったりしやすいので好都合ですが、寝返りをうった時に何人か死亡しています」


「フッ…働きアリが何人死のうと構わん。それより縄はキツく縛っておけ、聖水を生み出してもらうのに手懐けねばな」


「かしこまりました」


ジャスパーはそう言うと、地図の上の聖域をナイフで刺した。

そしてまたワインを飲み笑った。


***


その聖域のすぐ側までフィオナ達は来ていた。

勢いよく落ちる滝壺の中に泉となっている洞窟があり、その中に聖獣がいるようだった。


「やっぱりみはりがウヨウヨいるわね、こっちもゾロゾロと大所帯ではあるけど」


「なぁダネル、聖域の聖獣ってどんな生き物だ?」


ラピスの質問に、ダネルは少し考え込みながら言った。


「わかんない、俺も近くで見た事ないから。ただ太古の昔からウチの集落のみんなで見守ってきたって事しか…。」


「太古の昔から…随分長生きなのね」


「うん…!」


ダネルが元気よく頷くと、フィオナは頭を撫でてやった。

そしてみはり達の様子をうかがった。


「おい!あんまり近づきすぎるなよ!また寝返りで圧死されたら目も当てられないぞ」


「へいへい、わかってるよ!」


そう言って近くを通り過ぎて行った兵士を目で追いながら、フィオナが口を開いた。


「寝返り?聖獣は眠っているの?」


「大体は一日中寝てるよ、起こし方があるんだ。聖水をもたらしてくれる儀式の時だけ起こすんだよ」


「それを奴らは知ってるの?」


「多分知らないだろうね、教えてないもん」


「なるほどね…。」


そう納得しながら、フィオナ達は聖域へゆっくり近づいて行った。


「作戦をおさらいするわよ、まず私が火をつけて騒ぎを起こす、その間にラピス達は兵士を掻い潜って聖獣を起こして、聖獣に乗ってこの場を去る」


「聖域は取り戻せないが、聖水があって聖獣のいる場所が聖域だろ?出し抜いてやろうぜ、ジャスパーを!」


フィオナ達は円陣を組むと、小さく声を上げた。


***


フィオナ達は持ち場につくと、フィオナが洞窟の外の、少し離れた場所に火をつけた。


「おい!燃えてるぞ!」


「消せ消せー!」


兵士が火を消すのに気を取られているうちに、ラピス達が聖獣のいる聖域へと足を踏み込んだ。


「これが聖獣…。」


ラピスが息を呑んだ生物は、青く鱗が光るブルードラゴンだった。

所々虹色にも光る鱗は、洞窟の中や水面にも反射し、とても美しかった。


「起こすぞ、ダネル頼む!」


ラピスがそう言うと、ダネルは笛を取り出し、ひと吹きした。

するとドラゴンがその美しい目を開き、ラピス達を見た。


「おい!そこで何をしている!?」


戻って来た兵士がそう言うと、ラピス達は急いでドラゴンの背中に乗った。

ドラゴンは起き上がると、兵士の声に驚いた様子で洞窟の中で暴れ始めた。


「うわぁぁぁあ!」


兵士達が落石に巻き込まれる中、ドラゴンは我を忘れて暴れ、集落の者達も手がつけられない様子だった。


「落ち着きなさい!ドウ!ドウ!」


フィオナがドラゴンの頭に乗り、鎮め魔法でリボンの様な火を見せながらそう声をかけると、ドラゴンは次第に鎮っていった。

兵士達が薙ぎ倒された後、ドラゴンが鎮まると、ドラゴンにしがみついていた集落の者達が恐る恐る声を掛け合った。


「みんな…大丈夫か?」


「あぁ、俺達は何ともねーよ。兵隊さん達は重症だろうけど…。」


集落の者達と一緒に、兵士達の様子をうかがうと、皆呻き声を上げ生きてはいるようだった。


「今のうちね、行くわよみんな!ハイヨー!」


フィオナはドラゴンを馬のように乗りこなすと、ドラゴンは洞窟に空いた天井から飛び立った。

呻き声を上げる兵士達はそれを見ながら天を仰いでいた。


***


「何!聖獣を逃しただと間抜けども!」


ジャスパーは報告に来た兵士にワインをかけると、兵士達はうなだれながら言った。


「申し訳ありません、集落の者達と一緒に妙な連中がドラゴンを手懐けてまして…。」


「妙な連中?」


兵士達はフィオナとラピスの人相を事細か口ジャスパーに話した。


「この前聖水の場所を目指していた旅の者か…何者なんだ奴らは…?」


「人伝に聞いたシトリンの時に現れた者達とも人相が似ています。もしかしたら世直しをして回っているのでは…?」


「これのどこが世直しだ!ワシのしている事が悪行だとでも言いたいのか!?」


「いえ!私はそんなつもりでは…。」


ジャスパーは一度落ち着き、考え込みながら笑出すと声高らかに言った。


「どこの誰か知らぬが、目に物見せてくれる!」


その日の夜、雷が鳴り響いた。

まるでジャスパーの怒りと呼応している様だった。


***


同日、シトリンの領地の城に、美しいブルードラゴンが降り立った。


「まぁ!王太子妃様!どうされたのですか!?」


シトリンが出て来てそう言うと、フィオナはドラゴンから降り言った。


「この人達とこの子訳ありなの。ある領地で苦労してたみたいだから連れて来ちゃった。ここで世話してもらえないかな?」


「そういう事でしたか…。いいですよ、騒ぎを起こさないと約束してくれるなら」


シトリンの言葉を聞き、ラピスがダネル達に言った。


「おい、ここに住んでいいってよ!」


「やったー!」


ダネルが元気に喜ぶと、ドラゴンも猫の様に喉を鳴らした。

そして夜が更けていった。






















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