第5話 宴の席


シトリンの一件で宮殿を抜け出した事で、付き人のエメラルドにこっぴどく注意されていたフィオナは、自室で枕を片手にむくれていた。


「そんな事を言ったて…仕方なかったのよ。言っても貴女許してくれなかったでしょ?」


「だからって黙って出て行かれては困ります!今日も宴席があるんですから大人しくしていてくださいよ!みんな新しく王太子妃になられた貴女の事を見に来るのもあるんですからね!」


「わかってるわよ…。」


エメラルドが出て行くと同時に、今度はブルー・ゴールド王子が、何やら綺麗な布を持って入って来た。


「フィオナ!君のために新しいベールを作らせたんだ、どうかな?気に入ったなら今日の宴会に着けるといいよ」


「ありがとうブルー」


ブルー・ゴールド王子はフィオナの素性を隠すのに積極的に協力してくれていた。

こうしてフィオナの着けるベールや仮面に気を使ってくれて、フィオナとしてもありがたかった。


「ブルー…結婚したばかりなのに留守にしてごめんなさい。今晩の宴ではちゃんと貴方の隣にいるわ」


珍しくしおらしいフィオナに、王子はベッドの近くの椅子に座り、落ち着いた様子で言った。


「何を言うんだい、君らしくないよ。僕はね、君の情熱的なところも、活発なところも好きなんだ。だからなんとも思っていないから気にしなくていい」


「…そう?」


フィオナが少し照れた様に顔を背けると、王子は立ち上がり言った。


「それじゃ支度があるから僕はこれで…。」


王子も少し照れた様にそう言うと、フィオナの部屋から出て行った。

フィオナは王子を様子を窓から見送りながら、宮殿から下町を見下ろした。

宮殿は宙に浮かんだ島に立っている。

光る実がなる木を主軸に、建物が立っているため夜でも星に囲まれた様で明るい。

そんな煌びやかな宮殿とは違い、下町は街灯はあるが暗く、治安も悪かった。


「この差はどうやって埋めたものかしらね」


フィオナはそう呟くと、窓を閉めてカーテンの奥に消えた。


***


宴は煌びやかだが、披露宴の時よりは慎ましく行われた。


「王太子妃様、未だに素性がわからないそうですよ。不思議な方ですよね」


「へー、そうなんですか?」


お偉いさんに囲まれながら、ラピスは白々しくそう受け答えした。

ラピスの美しい青く長い羽を見て、特に女性が、嫌でも人が寄って来てしまうのだ。


「ラピスラズリ!ちょっと来なさい!」


ラピスの本名を叫んで連れ出したのはフィオナの付き人、エメラルドだった。


「何だよ俺はお姉さん方に手ぇ出しちゃいないぜ?」


ラピスがそう言うと、カンカンに怒ったエメラルドが指差しながら言った。


「そんな事はどうでもいいんです!前にフィオナ様を連れ出したの貴方でしょう!今度やったら許しませんからね!」


「おいおい俺は頼まれた側だぜ?そりゃねーよ」


エメラルドにそう言いながらラピスが困っていると、宮殿内が何やらざわついた。

見るとブルー・ゴールド王子とフィオナが姿を見せたようだった。

披露宴と違い、今度は薄紫色のベールを被ったフィオナと、王子は並ぶと一際その場の者の目を引いた。


「まぁ、幸せそうで何よりだな」


「何を偉そうに…。」


ラピスにそう言うとエメラルドはフィオナの側へと向かった。


「助かったー…。」


ラピスはそう言うと、額の汗を拭った。


***


宴はかなり遅くまで行われた。


「フィオナ、大丈夫かい?」


「大丈夫ですよ。王子もお疲れなのに私だけ下がるわけにはいきません」


「そうかい?」


王子の気づかいがフィオナには何よりも嬉しかった。

そんな中、一際目を引く客人がいた。


「王太子様も王太子妃様も麗しくていいですな。私はこの通りすっかり歳をとりましたよ」


「ジャスパー将軍…。」


ジャスパー、褐色の黒と白のメッシュの入った髪のようなモヒカン型の羽をもつ彼をフィオナは睨みつけた。

ジャスパー将軍は黒い噂が絶えない人物だからだ。

民を民と思わず、力で悪政ばかり行っているという噂だ。

当然フィオナは彼を敵視していた。


「若いとはいい事ですな、くれぐれもその若さで早まった事や無茶な事はなさりませんようお気をつけを」


「そうですね、事と次第によりますが」


「これはこれは…王太子妃様はお気がお強い」


ジャスパーはそれだけ言うと、後はつまらない世間話をし、宴が終わると去って行った。


***


「何なのアイツ!若いからって馬鹿にしないでもらいたいわ!」


自室に戻り、ベールを脱ぎ捨てるとフィオナはカンカンだった。


「まぁ落ち着いて聞いてくれ。そのジャスパーの話してるのを盗み聞きしたら凄いのが聞けた」


ラピスはしれっと入って来てそう言うと、見聞きした事を話し始めた。


***


宮殿から伸びる、光る木の実の明かりだけの通路で、ジャスパーはローブを被った何者かと話していた。


「あの王太子妃は要注意ですな、気位が高そうだ」


「おや、私が女ごときでどうこうなるとお思いか?」


「そうですか、それは失礼」


ジャスパーが笑い飛ばすと、何者かはまた違う話題を持ち出した。


「シトリンの件は残念でしたな、なんでも旅の若者達に救われたとか」


「私の目論見通りにいっていたら、領地を巻き上げられたのだがな、ハハハ!」


ラピスは物陰に隠れて黙ってそれを聞いていた。


***


「なんて奴!おかしいと思ったのよ!王がお気に入りのシトリンを危ない目に遭わせるはずないもの!」


「アンバーに魔法をかける時いたんだろうな、ジャスパーが工作した事に間違いなさそうだ。恐れ入ったよあのおっさんには」


ラピスがそう言うと、フィオナは怒りに震えながら窓の外を見下ろした。

ラピスもフィオナの隣に立つと、下町の夜景や宮殿の光る実が美しくこちらを照らしていた。


「民のためにも、アイツを何とかしないとね」


「相手は将軍だぞ?覚悟はいいか?」


「もちろん!」


二人は決意を新たに窓の外を見ていた。

外は夜景と共に満天の星空が広がっていた。
















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