第3話 霊の住む町
披露宴の後、フィオナは妃が行うあらゆる公務を仮面をつけてこなしていた。
「王太子妃様!入りますよ!」
使いの者がドアを叩き入ると、そこにフィオナの姿は無く、“出かけて来ます、あとはよろしく”と書かれたメモが残されていた。
「もう!フィオナ様ー!」
眼鏡をして緑色の羽を髪のように二つに束ねた使いの者、エメラルドの声が王宮に響くと、馬で移動していたフィオナもそれが聞こえた様な気がした。
「どうしたフィオナ?」
「なんでもない。空耳でしょう」
「しっかりしてくれよ?もうすぐ目的地に着くんだから」
ラピスがそう言い指差すと、ある寂れた町が見えて来た。
どうもここが、シトリンの領地らしく、町は活気がなく、道行く人も見受けられなかった。
「閑散とした町ね、これが王都に隣接してるとは思えないわ」
白い馬をゆっくり歩かせながらフィオナがそう言うと、ボロ切れを着た老人が話しかけて来た。
「あんたらよそ者かい?悪い事は言わん、早くこの地を立ち去った方がいい。この町は呪われとるんだからな…。」
「呪われる?」
フィオナがそう聞き返すが、老人は何も言わずにそのまま立ち去ってしまった。
「どういう意味だと思う?」
「さぁな。情報が欲しいところだが…、酒場にでも行ってみるか?」
ラピスの問いかけにフィオナは小さく頷いた。
***
寂れた町だが、酒場には少し活気があった。
「おっちゃん、フルーツジュース二つ!」
「あぁ!?若えの、酒場でフルーツジュースなんか飲む気が!?ケツの青いのは出ていきな!酒場じゃ酒かビールの二択よ!」
「まぁそう言わずに、あるんだろ?」
「チッ、しゃーねぇなぁ…。」
酒場のマスターは、渋々ながらフルーツジュースを二人に出してくれた。
そんな気の良いマスターを見て、二人は一度、顔を見合わせて尋ねてみる事にした。
「マスター、この町なんでこんなに寂れてるんだ?」
「そうそう、通りに人がポツポツいるだけだったけど…。」
マスターはそれを聞き、肩を落としながら言った。
「この町は…領主シトリンの兄に祟られているんだ…。」
「マスター、詳しく話してくれないか?」
フィオナもラピスも身を乗り出して、マスターの話しに耳を傾けた。
「数年前、前の領主だったシトリンの兄アンバーが病で亡くなってな。それからシトリンはそりゃもう嘆き悲しんでなぁ。それを見かねた国王が、アンバーに魔法をかけたのさ。霊としてこの世に残るようにな。しかし普段はただ浮遊してるだけなんだが、成仏できないアンバーはたまに荒れてな。凶作に毎晩の呻き声、それに怪我人まで出てるんだ。祟りだとみんな言ってる」
「そう…アンバーは今どこに?」
「シトリンの城さ、いつも同じ所にいるよ。自分が眠る墓の前にね」
マスターからはそれ以上の事は聞き出せなかった。
二人は宿を取ると、談話室で話し合った。
「なんとかしないとね。とりあえず今晩様子を見ましょう」
「そうだな、それまで寝ておくか…おやすみー。」
そう言ってラピスは部屋へと引き上げて行った。
フィオナは一人、暖炉に当たりながら考え事をしていた。
***
夜、呻き声を聞き目覚めた二人は、慌てて外へ出た。
「ラピス!」
「あぁ、わかってる!」
呻き声は町を徘徊しているようだった。
その声を追って馬で町中を駆けると、シトリンの兄アンバーが、鳥の化け物へと姿を変えて子供に襲いかかろうとしていた。
「やめなさい!」
フィオナがそう言うと、アンバーは二人に振り返り、そのまま逃走した。
「逃げるわ!行くわよラピス!」
「えぇ!?マジかよ!?」
池の方へ逃げるのを見てフィオナとラピスは、馬ごと池に飛び込んだ。
「なぁフィオナ、飛べばいいんじゃないか!?」
「うるさいわよ!今話しかけないで!」
「…おいおい…。」
ラピスが半ばあきらめながらついて行くと、ある地点で鳥の化け物が妙な動きをして消えた。
「あら…?」
「消えたな…。」
池の真ん中でUターンし、陸に戻ると、土手で馬を休ませた。
「変な所で消えたな。霊だからとしか言いようがないが…。」
「いいえ、それだけとは言えないわ。あそこはちょうど町の境だったから」
杖で地図を出しながらフィオナがそう言うと、ラピスは服を絞りながら言った。
「じゃあ、あの霊は何らかの力でこの町から出れないと?」
「違うわ、シトリンから離れられないのよ。披露宴には来てたもの」
「…なるほど、問題はどういう仕組みかだな」
「マスターが言ってたわ。アンバーは国王に魔法をかけられたって。魔法をかけると言っても、何かを媒介にしなければならなかったはずよ。強力な魔法だもの」
「その何かを突き止めるってわけだ。じゃあ町に戻ろう。何かまだ手がかりがあるかも知れない」
そして馬を休ませた後、二人は町へ引き返した。
その様子を上空から姿を変えたアンバーの霊が見ていた。
アンバーは何も言わずにそのままシトリンのいる城へと消えた。
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