第10話

予定日まであとひと月という時に、思いもよらぬ事が起きた。


いつもの様にアルヴィンがフィオナの許を訪れ、庭の東屋でお茶をしている時だった。

恐らく普通の妊婦よりはお腹が小さめではあるが、人ひとりお腹の中に入れているのだ。

椅子から立ち上がるのも、歩くのもすぐに疲れお腹が重く容易ではなくなってきた為、それを気遣うようにアルヴィンが時間を見つけては頻繁に付き添うようになっていた。

基本二人でいる時は、使用人を離れた所に待機させている。それは、極力二人きりでいたいというアルヴィンの我儘を通したものだ。

国王の側近達は、本当の家族になって欲しい気持ちが強いため、アルヴィンの要望をなるべく叶えようとしているが、やはり安全上全てを叶えることは難しいのが現実だ。

クッションが多くしかれているベンチに腰掛け「ふぅ」と息を吐くフィオナに、ひざ掛けが無い事に気付いたアルヴィンが使用人からそれを受け取る為に東屋から離れた時だった。


遠くが何やら騒がしい。

不審者でも現れたのかと、立ち上がろうとしたその時だった。


「アル兄さま!!」


可愛らしくアルヴィンを愛称で叫ぶ一人の少女が、突進する様に彼に抱き着いた。

咄嗟に抱きとめたアルヴィンは、少女を見て驚いたように声を上げた。

「クララ?」

「そうです!お久しぶりです、アル兄さま!」


赤胴色の髪に茶色の瞳の、クララと呼ばれた可愛らしいその少女は、元国王の弟でもあるラッセル公爵の娘でアルヴィンの従妹に当たる令嬢だった。

アルヴィンは彼女を引き剥し「何故ここに居るのか」とか「一人で来たのか?」など聞いているうちに、息を切らした男女二人がようやく追いつきアルヴィンに頭を下げた。

「も・・・もうしわけ・・ありません・・・」

「クララ、様が・・・馬車を降りたとたん、走り出して・・しまい・・・」

クララのお目付け役として付いてきた二人が、謝罪と説明をしようとするも、息を切らし上手くしゃべれない。

そんな二人を見てクララは、腰に手を当て見下すように顎を上げる。

「情けないわね、二人とも。そんなので私に付いてこれるわけないでしょ!もっと鍛えなさい!」

そんな彼等を呆れたように見ていた王宮の人達だが、既にアルヴィンとクララの間に騎士が立っていた。

国王と王妃がいるこの庭に、やすやすと侵入を許してしまったのは騎士達の失態ではあるが、多分彼女を止めることができる騎士はここにはいないかもしれない。

何故なら彼女は平気で権力をかざし、全てが自分の思い通りになると勘違いしている、我儘な令嬢なのだから。


「それより、アル兄さま」

「クララ様!国王陛下なのですよ!礼儀をわきまえてください!!」

自分は特別なのだという雰囲気を前面に国王陛下を愛称で呼ぶ、傍から見なくても無礼な小娘に皆がイラッとし始めた。

お目付け役に注意されムッとしながらも、流石は公爵家の娘。綺麗なカーテシーを披露した。

「この度は、国王ご即位おめでとうございます」

こうしていれば、可愛らし公爵令嬢なのだが、父親に溺愛されて育った所為か、やる事なす事とにかく幼稚で勘に触る。

そして、周りの事など何も考えない爆弾発言。


「それよりも兄さま、私をいつ側室に迎えてくださるんですか?」


誰もがその場で固まった。

だがそんな事など気付くことなく、クララは続ける。

「王妃様とは仲が良くないんですよね?お子様が産まれたら側室を迎えると聞きました」

「はぁ?」

アルヴィンはもとより、周りの人間は皆首を傾げる。

側室の話など、出ていないし出した事もない。

「クララ、その話は誰から聞いたんだ?」

そんないい加減な噂を流すのは、大体決まった貴族達だ。

これまでも何度かそのような提案を出されたが、全て却下してきたし、彼等には厳重注意すらしてきた。

妻が妊娠中に、気分の良くない噂を聞かせたくなかったし、少しずつ互いの距離も縮まってきたのだ。

今では、仲の良い夫婦だと言われ始めてもきているというのに・・・

何故それを、反故にするような事をしなくてはいけないのか。


一体誰がまだそんな事を言っているんだ!


余りの怒りに、今にも暴れだしてしまいたいくらい、身体が震える。

そんな彼の怒りを増幅させるかのように、可愛らしい声で意外な人物の名を聞く事になる。


「お父様ですわ」

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