Side凜
萌乃は―わたしを愛しているのだろうか…。
いつの頃からか、そう思うようになった。
だって、本当にあなたが愛してくれてるのか―分からなくなった。
付き合って3年の記念日は軽く扱わた。仕事だと言って、今まで忘れてしまったんだろう。駅の近くのアクセサリーショップで、あまり深く考えずに買ったであろうイヤリングを貰った。そんなに嬉しくない。わたしはイヤリングをつけないから。そういうことを忘れられたのが―無性に悔しい。
誕生日も祝って貰った。ハイヒールを貰った。けれども―サイズが合わなかった。
たまに―サプライズでケーキを買ってくる。でも―わたしがカロリーコントロールをしているとは、考えてくれないのね。
極めつけは週1回はしていたエッチだって―月に1回に減ってしまった。肌を重ねる時間が少ないのは―寂しい。柔らかい肌がふれ合って、お互いの体温が感じ取れるくらい―近くにいたい。
けれど―そうおもっているのはわたしだけなの?
そう思ったら―確かめたくなってしまった。
萌乃が本当にわたしを愛しているのかどうかを。
方法は簡単―浮気をしているように見せればいい。それで彼女のわたしへの思いが分かる。
浮気を疑って、わたしに詰め寄ってくれば―愛されていないのだろう。
別れ話を切り出してくれ来れば、非常に話が早くて助かる。
疑っても、そのままにしていればわたしを信頼していると考えていい。これはこれで―愛されていると判断できそうだ。
わたしに気を遣って、機嫌を取りに来れば―嫌われたくないというサインだ。裏を返せば愛されていると言える。
などど考えて、自分は愛されていると思いたいんだ―と思った。愛されていることを確認したいんだ―と。
けれどもここで―1つ問題が起った。
わたしは浮気をしたい訳でも、萌乃を裏切りたいわけでもない。
…。
彼女を裏切らずに―彼女の愛を試したい。
そんなことを考えて―いた。
そして出会ったのが、女性向けの風俗。いわゆるレズ風俗。
なるほど。
これなら―萌乃を裏切らずに、浮気っぽいことができる。
かくして―わたしは風俗嬢のお姉さんと共に、ラブホテルに行くことに決めたのだった。
作戦は、萌乃が休日よく行くカフェの通りにあるラブホテルに、萌乃が通りかかりそうな時間に入る。あるいは出ていく。この瞬間を見せればいい。
「…そんなことで、ウチの店を使う人ははじめてだよぉ」
わたしが窓の外の通りを見張っていると、お姉さんはそう言った。
「あの…付き合ってくれてありがとう…ございます…」
ぎこちなくお礼を言った。当然、見張りを徹底して行っている。
「まぁ…お金貰ってるし…。規則さえ守ってるのであればぁ…」
そして―お姉さんは言った。
「でもね…。恋人にこんなことしちゃダメだよぉ?悲しませちゃだめだよぉ?」
「…」
悲しませたのは―萌乃だ。そこは―彼女自身の責任。
「あっ…。萌乃出てきました!お姉さん急いでホテルから出ましょう」
実はこれと同じことを3回も繰り返している。今日こそは―成功してるといいな。
家に帰ると、案の定、萌乃が荒れていた。否、そういう形跡があった。フローリングは湿っていたし、テーブルクロスが表裏逆になっている。昨日は割れていなかった彼女のスマートフォンの画面にひびが入っていた。
…。
そうか―見たんだ。
わたしとお姉さんがホテルから出くるところを。
「おおかえり」
そういう萌乃の声は―震えていた。
「今―夕飯の準備しちゃうからね」
わたしは服をベットの上に放り投げる。
―ダメだ…。笑うのが抑えきれない。
質の悪い笑いだ。けれど、萌乃が愚かだから笑っているのではない。萌乃がわたしのことで思い詰めているのが理解できたから笑ってしまうのだ。表情筋が勝手に上に持ち上がる。
わたしのことで思い詰めているのは―愛しているから、だ。
もし―わたしに無関心なら、さっさと『別れよう』という言葉を突きつけてくるはずだ。
ああ―久々に愛されている感じがする。
わたしは着替えながら、表情筋の暴走を抑えた。そうして―わたしは萌乃に好物のボロネーゼを作りにキッチンに向かう。
その晩、隣の部屋から叫び声が聞こえてきた。
言うまでもなく、萌乃の叫び声だ。わたしがホテルから出て来るのを見たのを思い出しているのだろう。彼女はそんな神経が細い部分がある。
彼女の叫びを聞いていると―なんだか気分が高揚してくる。
その分だけ―わたしのことで悩んで葛藤しているわけだから。わたしのことを考えているということだから。
スマートフォン画面にひびが入っていることに気が付かないくらい。花瓶の中の水を継ぎ足すのを忘れてしまうくらい。そういうことに目がいかずに、不審な行動を取ってしまっていることに気が付かないくらい。
風俗嬢のお姉さんには悪いけれど―これはやめられない。萌乃を悲しませたい。もっと、もっと。
そうすれば―わたしはもっと愛されている実感が味わえるのだから。
心は萌乃のそばにそっと置いておく。けれども体は誰よりも遠くを目指している。
そうすれば萌乃はわたしの体を追いかけて―もっと愛して貰える。
―ダメだなぁ。
わたしは―どうにも面倒くさい人間だ。
そう思って―再び床に就いた。
萌乃にはもう少し―わたしのことを考えて、脳が破壊さてて欲しいと思った。だって―そういう彼女はかわいいから。
恋人が見知らぬ女とホテルから出てきた 愛内那由多 @gafeg
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