Side萌乃 ②
「今―夕飯の準備しちゃうからね」
凜はそう言って、バッグをフローリングの床に降ろした。凜は紺色のブラウスに黒のスカートを履いている。廊下を歩きなあらボタンを外して、彼女の寝室に行った。
凜の様子に変な所はない。普段通りの彼女。さっきまで、普通に友達とお茶をしていました、と雰囲気で主張しているよう。
ホテルで、私以外の女と寝ていてとは―思えない。
私は吐き気を催しながら、リビングを行ったり来たりする。なにかしていないと落ち着かないが―特にすることがない。
凜は部屋から出てきた。Tシャツにスウェット姿になっている。
「なに…。どうかしの?そんなところで?」
凜から見たとき―私は挙動不審なのだろう。一ヶ所に居つづけるということができないのだから。
―その原因は凜なのに…。
「どうかした…?」
「いやなにも…」
みなまで聞くわけにはいかない。だって、まだまだグレーゾーンで、疑っている段階で…。もしここで―その話題を出してしまったら、私達の関係が終わっていしまう。
凜はリビングのあちこちを眺めてから、私の目を見て
「今日変だよ?」
と言った。
「なんでもないから…」
そう答えるしか―ない。
ボロネーゼのパスタと、コーンスープ。レタスのサラダかかっているのはシーザードレッシング。私の好物から逆算して作った献立から、凜が私に気を使っているのが分かる。けれど―それは、後ろめたいことがあるんじゃないか。そうとも取れる。
―私は…イヤな奴になったな。
「いただきます」
「いたさきます」
フォークでパスタをくるくると巻いて、口に運んだ。
「美味しいね」
「和牛が割引で売ってたからね。いつもよりいいお肉で作れたからじゃない?」
凜は爽やかに微笑む。
けれど、ホテルから出てきたときの凜は―スーパーに寄ったという様子はなかった。レジ袋やエコバッグを持っていなかったことと、そんな大量の荷物が見あたらなかたのだ。
「本当に美味しいよ…」
「なに~、ちょっと…」
私の目から涙がこぼれ落ちる。
「今日…どうしたの?」
「本当に―あんまりの美味しさに…そう…感動して…」
「いや~そんなに喜んで貰えると…料理を作ったかいがあるね」
そんな理由なわけがない。
彼女は浮気相手と一緒にいたのではないか。スーパーにもその相手と一緒に行って、この和牛もそのときに買ったんじゃないか。
…。
なんでも―浮気に繋げてしまう。
凜のことを信じたいのに―信じられない。
私の理性は信じたい。でも―心は信じてくれない。
震える腕で―サラダにフォークを向ける。
ザクッとレタスにフォークが刺さる。
そして―口に運ぼうとしたとき、ひじが―花瓶に当たる。
「あっ…」
花瓶はキンッと甲高い音を立ててサラダに向けて―倒れた。
「あ~」
しかし―花瓶の中から水が出て来なかった。
さっきの後始末のときに―水を入れるのを忘れていた。
「サラダにかからなくてよかったね」
私はそう言った。
「そうだね…。水入れるの忘れちゃったかな…。入れてくる」
凜は花瓶も持ってキッチンに行った。
―ぼーとしてるな…私。
まわりのことが見えているようで、全く見えていないな…。
花瓶のことも…凜のことも…。
「お待たせ…。夕飯を再会しようか」
凜は再びテーブルに着く。花瓶は彼女の近くに居場所を変えた。
「…凜はさ…。今日はなにしてたの?」
声が震えないように細心の注意を払って言った。
「友達と―お茶だよ」
「高校時代のときの…だっけ?」
それとなく探りを入れる。
「そう…。5年ぶり。社会人になってから―はじめて」
「いいね…。そういう集まり―最近はなくなっちゃって…」
「でも…。みんな色々と変ってるみたいね」
なんだか―空っぽの会話をしている。知りたいことは―なにひとつ得ることはできない。
「それでも―わたしは、萌乃と一緒にいられればいいかなって」
こんなときにその言葉は―ずるい。
けれど―それで私の心は救われない。
その晩、夢をみた。凜に振られてしまった夢を。細部は覚えていないけれども、おおざっぱにはそんな内容。
そして、
「うわぁぁぁぁあああぁぁあああぁああああぁぁああぁぁあああぁあぁぁぁぁっぁ」
と自分の叫びで目が覚めてしまった。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
心臓が暴れて、チクチクと針に刺されるように―肺が痛む。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁあああああ」
肺の中の空気を出してしまわないと、呼吸してるだけでも痛みそうだった。視界がぐわんぐわん、とゆがみ、涙がこぼれ落ちてくる。
こんなことなら―凜に今日私が見たことを突きつけたい。そして、事実を確かめたい。
けれど…、事実を知ってしまったら…私はそれに耐えられるのだろうか?
本当に―凜が浮気をしていたら、私は…。
ねぇ…教えて…、凜。
貴女は―なんで浮気をしたの?
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