恋人が見知らぬ女とホテルから出てきた
愛内那由多
Side萌乃 ①
どうして…。
どうしてなの…。
なぜそんなことをしたのか…。
ねぇ…なんで浮気なんてしたの?
恋人の―凜がラブホテルから出てきた。それも、見知らぬ女と一緒に。
それから、どうやって家に帰ってきたのか覚えていない。ただただ、気分が悪く、悪夢を思い出さないようにしようとして、それができなかった。
何度も、何度も頭の中にホテルから出てくる凜を思い出してしまう。彼女のそのときの表情がどうしようもなく―楽しそうだったのが不愉快だった。
凜と私―は付き合って3年になる。確かに、お互い知り尽くしているし、恋愛の甘みも楽しさも尽きかけてきている頃だった。
けれども―こういうのは…想定していなかったな…。
足の力が抜けて、フローリングの床に体が落ちてしまった。今は立つ気力もない。
どうして…こうなったんだろう…。
私はスマートフォンを鞄から取り出して、写真を眺めて見る。凜と撮った、楽し買った頃の写真。
その中で私はスマートフォンを上に持ち上げて自分自身と凜を撮ろうとしている。凜はふざけて私の頬にキスをしようとしている。
私の記憶が正しければ本当に凜は私にキスをしてきて、その後、唇同士を重ね合せた。柔らかくて、湿っていた。凜は私が初めての恋人だと言った。そして、今のがファーストキスなのだと。
けれど―その唇の味を知ってるのは、今―私だけではないのだ。
スマートフォンの画面を閉じる。
しばらくそれを持っていられないほど重く感じた。さっきから―体全体に力が入らない。そのうちフローリングと融合してしまいそう。
私はしばらく、無意味に天井を眺めていた。
もう…いいや…なにもかも…。
指を離すことさえしていない、手に持っていたなにかを―思いっきり壁に投げつけた。
それはまるでフリスビーみたいに飛んでいって、壁にぶつかって、落下した。
…。
アレ…スマートフォンな気がしてきた…。
けれど―それすらどうでもいい。
私は腕を上げてみた。不愉快にもシースルーの布が肌に触れる。それを思いっきり引っ張ってみた。
テーブルクロスに引きずられ―花瓶が私の目の前に落ちる。花が散って、水が流れだしたけれど―気にならなかった。
…なんで…凜は浮気をしたんだろう?私のなにがいけなかったのだろう?
そればかりが頭を駆け巡り―私の回りに起っていることが認知できていない。
でも―浮気なんて…。私はそんなにダメな恋人だったのか?
少しマンネリ気味だったのは―認めよう。前は1週間に1回はしていたえっちも、今では月に1回だ。誕生日は忘れたことはないけれど、付き合って3年目の記念日は―うっかり残業をしてしまった。仕方ない。このときばかりは―仕事が佳境だった。
けれど―それ以外は上手くやっているつもりだ。家事の分担で求められたものはちゃんとやっているし、サプライズだってたまにはする。お酒にも付き合うし、たまにはいい雰囲気のデートもかかさない。
なのに…。
そんな自己否定と自己肯定で、脳内がめちゃくちゃに働いている。無意味に精神が疲弊して脳細胞がなくなっていくみたい。そのうち、脳細胞がなくなっって、頭蓋骨が空になってしまうのではないだろうか。
そして、考えるのを止めてしまいたくなったとき、スマートフォンがブルブルと震え出した。
まだ―使えたのか…。思いっきり壁にぶつけたのに…。
しかし―それに答える気力はない。私はただ、スマートフォンを眺めていた。近づきもしなかった。
『ただいま電話に出ることができません…』
とデジタルな声でスマートフォンが話しだす。留守電に切り替わったのだ。
『もしもし…萌乃?凜だけど…。今から5分くらいで家に着くから…』
電話の相手は凜だった。そして―5分後に帰ってくる。
それは―私は焦らせる。
今の家の状況は―マズい。
凜の浮気に私が気付いているということを―凜に気付かせてはいけない。
もし―気付かれたら…なにもかもが本当におしまいになってしまう。
今まで積み上げてきた私と凜の関係性。互いの信頼。周囲の人たちからの信用。
凜は今の所、グレーだ。限りなく黒に近くても―グレー。黒でないのなら―まだ白の可能性はある。可能性は―宝くじに当たるよりも低いかもしれないけれど。
それに私はこんな状況になっても―凜を信じたい。
私が信じなければ―いや、信じることが足りなかったから浮気をされることになったも考えられなくもない。
―どっちにしろ…今はそう…。
私は洗面台にダッシュした。
上にある戸棚からタオルを何枚か取り出した。この際、枚数は気にしない。
急いでリビングに戻り、花瓶が水源の川を拭き取る。
散らばった花を花瓶に戻して、それをテーブルの上に置いた。
タオルを投げて―床に押し当てる。
スマートフォンを手にとって乱雑にテーブルの上に置いた。
そして、床に落ちていたテーブルクロスを拾う。
スマートフォンと花瓶の下にテーブルクロスを滑らせ、敷き直す。
両手でタオルをもって床を擦る。
白いタオルに茶色い汚れが付着する。
そして―タオルをすべて回収する。
使っていないのもあるけれど―そんなことは関係ない。リビングからタオルをなくすことの方が重要だ。
タオルはすべて、洗濯機に突っ込んだ。
液体洗剤は分量を正確に量ってから、柔軟剤は多めに入れておいた。
そして―リビングへ慌てて戻る。
…。
とりあえず―不自然な所はない。
ほっと一息ついた―その瞬間、玄関が開いた。
「ただいま~」
凜が帰ってきた。
「…おかえり」
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