第5話:文明を記録する者

 セラは自分に残る、空白な記憶にあった事実、その背景を知った。


 その直後、ミルネのこれまでに見せたことのない怒り、焦り、窮地に驚き困惑する。


(僕が時々みる記憶の夢にはこういった背景が在ったんて・・・。ミルネがアークを隠していたこと、過去のことを言わなかったことはワザと?じゃあなんで?)


 旅人を名乗った男の組織が、セラを調べ、潜伏し続けていた事実。

 これは、5年前の事件の中心にセラいたということを表していた。


「一体、僕は・・・・・・・。」


 僕ハ一体、何者ナノカ?

 今マデノ日常ハ偽リナノカ?



 嘘。

 不安。

 後悔。

 疑い。


 今までのことが情報が複雑に絡まりあい、彼を飲み込む。

 思考の海に溺れ、負の感情が混ざり、絡まる。 


 その思いを遮るかのように言葉が脳裏に浮かぶ。



 ・・・あなたを守る我儘は言わせて欲しいの



 セラの脳内に5年間の自分の保護者、姉として過ごした女性の言葉が過る。

 これまで共に過ごした時間。

 日常生活の学び。

 くだらない言い合い。

 そして笑いあった此の5年間は偽りだったのか?


 ・・・そんなはずはないと青年の心が叫んでいる。


 非常時であり彼女が作った光の球体の中に居るこの状況で、いやこの状況だからこそ冷静に、そして今まで自分が見てきた彼女の姿を見つめ直すができた。

 彼女と過ごした5年間は偽りではないということ。

 彼女は嘘をつきたくてついたわけじゃないということ。

 彼女のしてきた行動はすべて自分のためだったのだということ。

 これまでのことがフラッシュバックして蘇り、セラの頭の中でパズルを組み立てるかのようにつながっていく。


 彼女がアークを隠していたこと過去の詳細を語らなかったことなど、セラにとって謎が残ることはあるが、今は関係はなかった。そんな疑問より、記憶が曖昧な彼にとって5年間、ミルネから与えられたもの方が彼にとって重要であり、それもまた事実であると確信をしていた。


 自分の信じた相手が窮地に立たされていることに対して彼が取る行動は一つである。


(助けないと!守らないと!!残る謎は後から聞けばいい!!!)


 彼は決意し、顔を上げる。

 頭の中が焼けるように痛みが走る。

 背中に焼けるような痛みが走ると共に身体の中に力が入ってくる感覚を感じる。

 体内に入る力は彼の身体を電流のように駆け巡る。

 周囲の黒い靄は、彼の覆う力による流れによって渦を巻く。

 これは身体の持つ本能か、それとも自身のイメージによる操作か、彼自身も分からないまま力の制御をしようとし、思わず蹲った。


 その時、彼の背中に亀甲模様の光が三層に展開された封印が誰にも気付かれることなく、一瞬にして消し飛んだ。

 その中から現れた朱色の刻印が輝きだす。

 納戸なんど色の瞳が朱色に変わり、その瞳孔に印が刻まれた。


 光の球体に阻まれ、その場から動けない彼は、右手をミルネを襲おうとする3体の異形に向ける。

 掲げた手に呼応するかのように黒い立方体が形成される。


 そして、魂と願いを込め叫ぶ。


「つぶれろぉぉぉぉ!!!!!!!」


 セラは叫びと共に掲げた右手を降ろす。

 3つの黒い立方体が杭に変形し、地面に目掛け加速を始める。

 漆黒の杭は異形の頭を貫き、地面に深く突き刺さった。


「へ・・・?」


 ミルネは濃藍の眼と口を大きく開き、驚愕の表情を見せた。


 彼女に一級と評され、一時的にではあるが窮地にまで追いやった異形たちは抗うすべもなく塵となり消え去った。

 そして、その異形たちを消し去った青年の背に、光を放つ様々な多角形で形成された翼と頭上に浮かぶ黒の輪を見た。


 驚き固まったミルネを横目に、この現状をみた執事服の男は声を漏らす。


「クッハハハ・・・・盟主よ、そういうことでありましたかぁ。これはいい!いい土産話になりそうです。」


 満足げに笑う男は、自身の後方に漆黒のゲートを創り出す。


「私たちは、いずれ再会するでしょう。?」

 

 固まる2人を置いて、男は最後に言葉を残し、ゲートに身体を埋め消えていった。


「良かった・・・。」  


 セラは異形が消えたのを確認した後に膝から崩れ落ち、気を失った。


 男が消え、黒い靄も消えた地に、残されたミルネとセラの間には刹那の静寂が流れる。

 あっけにとられていたミルネが頭を振って現実に思考を戻し、急いでセラに駆け寄る。

 彼女は、セラが気を失っているだけなのを確認し、安堵の吐息を漏らした。そして、彼の身体を確認する。


「あたしの封印を破壊までして力を使い過ぎたのね・・・。え!?これは!?いや、アークにの!?」


 彼女はセラに刻まれた翼の刻印をみて、驚きの声を上げた。

 そこには、朱色であった刻印が黒に変わり存在していた。ミルネの中に一つの考察、希望が現れ思考を巡らす。


(もしかして、これなら制御ができる?彼の思いが、願いが、運命をも変えるのかしら?)


「こんなことになったら・・・もう信じるしかないわね・・・。」


 彼女は考えの中で空に向け言葉を漏らした。

 そのころ、街の方も靄が解け、災害の対応をする創天教会の空中戦艦の姿があった。

 アークの力を使い、セラを介抱するミルネの元にも創天協会の船が空を飛びやってくる。

 船から、制服と軍服を混ぜたような服を纏い、白金の髪を靡かせながら少女が降りてくる。

その少女は彼女たちの元へ歩みを進めていた。


「お久しぶりです、ミルネ学園長。お怪我の方は大丈夫ですか?」


「お久しぶりなんてよく言うわよ。・・・ずっと監視していたのはあなたでしょ?ニア?あと、怪我はないから大丈夫よ。」


 ミルネは白金の少女に少し強く言葉を投げた。

 また、少女の心配を払った通り、ボロボロになった服に対し戦闘により傷ついていた彼女の身体は既に回復をしていた。


「流石に学園長は気付いていましたか。・・・今後はどうなさいますか?学園に戻られますか?」


 ニアと呼ばれた少女が破壊された日常を一瞥して、ミルネに問う。


「えぇ、戻るしかないわね・・・。」


 そう言いミルネは「よいしょっ」と、勢い付け、伏した少年を抱えた状態で船へ向かう。

 その姿にニアはたまらず待ったをかけた。


「ま、待ってください!彼を学園に連れて行くのですか?」


「そうよ、ほら、アークに成っているわ。これなら文句ないでしょ?」


 ミルネは背負うセラのうなじを見せ、ニアにアークの存在を確認させた。


「えっ!?・・・それなら、私からは、何も、言いません・・・。」


 セラのアークをその雌黄しおうの眼で確認したニアは一瞬の驚きの顔を見せ、そのままミルネに会釈をした。


 ミルネの前に現れ常に冷静であったニアは、自身の目で確認したアークのことで頭を悩ませていた。

 その様子を傍にセラを抱えたミルネは船に乗り込んでいく。

 こうして、船は彼、彼女らを乗せて学園に向かっていった。




 街はずれの家で起こった、この世界では比較的よくある災害から、彼の物語が始まっていくこととなる。

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