陽は昇らずとも群星は輝く#2

 彼らの間に別れの時が迫る。


 星竜の英傑は表情を変えず、


 如来の英傑は笑顔で手を振り、


 聖賢の英傑は一度天を仰ぎ、


 託された使命と共に歩みを進める。


 その先では、特殊な素材でできた白く金属のような光沢を放つカプセルが3人を受け入れるかのように待ち構えていた。


 3人が各々のカプセルに入ると、全身を固定するように特殊なベルトや金具が自動的に装着されていく。最後に首から上にマスクのような器具が装着され、カプセルの扉が閉まる。

 その瞬間、空気の抜ける音と共に少しだけ冷気が漏れた。


『搭乗完了を確認。搭乗完了を確認。まもなく起動します。アルク様、非常に危険ですので部屋から退室をお願いします。』


「mk2、心配ありがとう。でも大丈夫よ。私はアークの力を使うから、そのまま気にせず起動させて頂戴。それに私も英傑よ?」


 アルクに忠告を行ったAI、mk2は時間を少し置く。





『・・・わかりました。・・・・慈愛の錨、抜錨。』


「抜錨」というアナウンスから告げられた合図に呼応するかのように彼らが入った3つのカプセルから強烈な冷気が放たれる。


 その冷気は空気中の水蒸気を急速に凝結させ、白い霧を発生させ、カプセルの表面には薄氷が現れ始めていた。

 薄氷は冷気の発生源であるカプセルを覆いつくすように広がりを見せる。


「ふぅ・・・・流石に寒いわね。そろそろかしら・・・」


 アルクは冷気により生まれた霧が身体の周りを覆い始めた所で両手を擦り、摩擦で温めながら呟いていた。


 そして。


「・・・廻翼かいよく、展開。」


 彼女がそう言葉を呟くと、うなじから背中にかけての付近から光が放ち始め、身体を覆った。

 光は五線譜を創り出し彼女の周りで浮遊する。そして、残る光は背中に収縮し幾何学模様の翼の輪が形成された。

 光の翼を展開させた彼女の身体は、その力により人間の限界を超えたものとなっており、もう手の摩擦などで温める必要など無くなっていた。


「これなら零度の棺の起動を最後まで見届けられるわね。」


 その間も部屋の温度は下がり続けていた。


 既にカプセルだけでなく部屋の至る所に氷が張り、霧となった水分すらも凍り始めていた。


 そして、あらゆる水分が凍り、部屋すべてが凍りつきそうになった時、カプセルの下にあったハッチが開き、カプセルが格納されていった。

 カプセルが格納されて数分後、部屋の温度も徐々に戻り始め、コールドスリープの起動を見届けた者が光翼を解いた時、アナウンスが鳴る。


『時氷の錨、零度の棺が目的の地下8000m地点に到達いたしました。』


 最後の役目を終え、AIによるアナウンスは消える。残されたのは1つカプセルとワインのように濃い赤髪の女性のみ。


「・・・・ごめんなさい。」


 頬の氷を払い、身が少し軽くなった最後の英傑は部屋を後にして地上に向かう高速エレベーターに乗り込む。


 誰もいなくなった部屋には1つのカプセルと・・・・女性が魅せた翼の模様とよく似た鍔が施されている刀が残されていた。



 アルクが向かう地上の施設は、地下と変わらず鉄の箱のような造りをした施設であり、街の最北に建っていた。


 街には、残された人類の住む住居が多くあり、街の外辺は一軒家からアパート、中に向かうと彼らが使えるように建てられた施設が多く存在していた。

 その中心にはとても広い広場があった。




地上に到着したエレベーターの扉が開く。


 開いた扉の先には、施設に残っていた十数人の職員が地下から帰還するアルクのことを出迎えするために待ち構えていた。

 彼女がエレベーター降りると職員たちから「お見送りお疲れ様でした。」などの声が飛び交う。


 アルクは出迎えをする彼らを見て、複雑な表情をした。


「あなた達・・・出迎えありがとう。最後の時くらい仕事場にいなくていいのよ?こんな鉄の監獄のような場所にいたら寂しいわ。時間は少ないけど、好きなところに行って、好きなことをしなさい?」


 彼女の言葉を聞き、彼らはキョトンとしていた。


 少し間が空き、一人の黒人女性が手を上げ、敬礼し発言する。


「私たちは、人類最後の部隊であることを誇りとし、文明が終わるその時まで最前線に居続けることを望んだのです。アルク様やエルス様が、あの凶悪な使徒たちと戦い、ここまで世界を紡いできたことのサポートができたことは今生の幸せでございます。どうか最後まで傍に居させてください。」


 演説するかのような彼女の発言に対し、賛同するかのように

「そうだ!」

「そのとおりです!」

 と全員が声を上げる。

 地下で凍っていたはずのアルクの瞳は、潤いを見せていた。アルクは指で自身の涙を拾い、まだ喧騒が止まない彼らに対して笑みを見せた。


「・・・ありがとう。分かったわ。・・・・皆、私が奏者の英傑の前に元々歌手だったことは知っているわよね?」


 アルクの言葉に対し各方向から

「はい!」

「もちろんでございます!」

「ファンでした!」

「サインください!」

「僕たちのスーパースター!」

 と声が上がる。


「私ね・・・最後はステージの上って決めてるの。付いてきてくれるかしら?奏者の英傑、その本気を見せてあげる。」


 言葉を聞いた彼らの盛り上がりは、最高潮になり、アルクを先頭に施設の外に出る。

 外は太陽がうに沈み、雪が降り、人のひざ下まで積もっているため、街の整備された道などは見えなくなっていた。


 しかし、進み続ける彼らにはそのような要因は関係はなかった。


 アルクは地下の時と同じく、光翼を展開した。

 外気の寒さで誰も置いて行かれないように、光の五線譜から音を奏で、施設のある街の最北から、中心にある広場に向かい歩き、歌を歌う。


 昔、彼女の親友は言った。


『アルクは、ステージで歌っていないの。彼女が歌っている場所がステージなの。』


 その言葉通り、終わりを待つだけだった暗い夜の街が、アルクを中心に明かりが灯される。

 彼女は持っている力を最大まで行使する。


 どこまでも、この声が世界のどこまでも届くように。


 寒さに凍えないように。


 暑さに焼かれないように。


 誰も寂しくならないように。


 先に旅立った同士に届くように。


 すると、誰一人居なかった外の世界に、一人、また一人と家や物陰から現れ、アルクを先頭とした集団に付いていく。


 終わりの恐怖に怯え、愛する者たちと泣いていた人。

 自暴自棄になり荒れ狂う人。

 絶望に打ちひしがれて自ら命を絶とうとしていた人。


 彼女の声が届くすべての人が、彼女の元へ集まりだす。

 奏者の英傑がエルントンの中心にたどり着いた時には十数人から始まったステージがエルントンの街すべてを飲み込み、数えきれない人数が集まっていた。

 そして、アルクの歌う声色一つ一つに街全体が割れんばかりの歓声で沸く。


 アルクの仕草一つに人々が熱狂する。


 アルクの美しい赤髪が揺れるたびに、人々が声を上げる。


 アルクの光の五線譜から放たれ、奏でられる音に感じるものすべてが溺れていく。




 これが、終わりゆく世界の最後とは思えないほど、人々の心の熱は上昇していく。



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