第4話 a Christmas present(2)
「先生忘れ物してきたから一回帰ってまた来ますよろしく!」
「え、あ、おい、春夏!!」
担任が呼び止める声なんて聞こえない聞こえない!!
走って玄関を抜ける。
玄関のドアを開ける。
「 エンジェリーナ・トゥ・アームズ! 」
勢いに任せて変身する。
そして軒先から飛び上がる。
「どこ?!」
……。
……、……。
…………返事がない。
サボテン忘れてきちゃった!!
中空に、ひとり。
冬の空に雪雲が溶け込んだような灰色がかった空の真ん中に、ひとり。
風が冷たい。
えー……。
しょうがないから取りに戻ろうと(情けない)したときに、後ろから追い抜いていく影がひとつ。
「中秋君!」
おのれ、出たなデーモナ!
「今回は、俺がもらう」
一言、フン、と眼を細めて飛んでいく。
このままでは出し抜かれてしまう!
通信機を取りに戻っている暇は、ない。
とすると方法はひとつだ。
わたしは、彼の後を追い掛けた。
デーモナの羽は、蝙蝠、というか、プテラノドンのそれだ。
猛追しながらわたしはそんなことを考えた。
黒くて大きくて、中秋君はハンググライダーに連れ去られている少年の体だった。
あれは、かわいくない。
しかしおそらくどうでもいいのだろう。
中秋君は気にしている風もなかった。
「ハンググライダーの牧師、かー」
何か新しい響きだな、と、どうてもいい事も考えた。
と。
担任の家から、そう遠くないところ、中秋君は急旋回した。
そして直滑降。
大慌てでわたしも地上に向かう。
翼をたたみ、降り立った場所は、大手スーパーマーケットの駐車場だった。
「…………」
じっと向き合う二人。
お店推奨のマイバスケットを持ったおばちゃんがひとり、間を通り抜けた。
昼下がり。
まだ、買い物客でごった返す時間帯ではないらしい。
「春夏」
しばらく睨み合ってから、中秋君が言った。
「おまえ場所わかってないんだろ」
……。
「どうしてそれをッ?!」
「コレ、置いてきたろ?」
おもむろに、サボテンを胸のポケットから出した。
摘まむようにして、目の前にかざす。
そんなところに仕舞って来て、刺はささらないんだろうか。
「あなたには、聞こえてた……ってこと」
通信機からの発信は一般の人には聞こえない周波数だが、エンジェリーナとデーモナが会話できるんだから、デーモナである中秋君には聞こえて当然ということだ。
しくじった……。
―――ハルカ~助けて~
サボテンが助けを呼んでいる。
人質か……。
って。
オイ。
それはただのトランシーバーで。
「オペレーター、その中に入ってるわけじゃないんだから!!」
「……」
わたしの一言に、辺りが真っ白になった。
中秋君…………もしかして、そのつもりで持ってきてる?
―――…………ぁぁあ~
「あああじゃないわよ!!」
あんたまで大ボケですか!
入るわけないでしょうが。
ティンカーベルサイズかい!!
どうしてこうこの人は。
「まあ備品無くしたって事になるとバイト代から天引きだろ」
中秋!
セコイ!
でも。
「コレがないと今ポイントわかんないのは本当だからね!」
わたしは叫んで、右手を振り掲げた。
「オペレーター!」
―――はぁい~
きらきらと、開いた手のひらから星の砂が降る。
シャアアア、と風を切る音。
そして現れる剣。
握り締め、飛ぶ。
前回よりもそれらしくなってきているぞ、わたし。
「たああああ!」
ガギィ……ン
受け止めたのは、鉄鎖。
中秋君は力任せにわたしごと剣を弾き飛ばした。
翼でブレーキをかけながら間合いを取り直そうと、そのまま下がり。
わたしが退いて出来た距離で、何かが空気を切り裂いた。
「!」
―――鎖鎌だわ~
そう、鉛色の先端に光る、刃。
刺さったら命ヤバイ。
「ちょっとそんなものクラスメートに向けるっていうの!!」
「なっおまえこそ剣振り回してるだろうが!!」
人のことばっかり言うな、と怒られた。
……でもさ、わたし握力20だし。
なんて言っても許しちゃくれないんだろうな。
「ケチ!」
「ケチ違うだろ!!」
ギィン!
文句の応酬に加え金属音を高鳴らせ、戦う。
「何よ! ウチが見つけたポイント横取りする気だったくせに!」
「通信機の音量がでかいのが悪いんだろ!」
―――ハルカ~右に飛ぶのよ~
ガキィ!
「あんたそもそも成績いいくせに勉強会出ないでよね!」
「ああ、春夏サンは強制参加だかんな」
―――しゃがんでよけるのよ~
ギギギッ
「むっかぁ! 本番には強いんだからね!」
「テスト中に寝ないことを祈ってるぜ!」
―――えいや~えいや~
「うるさい!!」
胸ポケットから顔を出すサボテンが、どうにも気に障ったらしく、中秋君がキレてサボテンを地面に叩きつけた。
いや、確かにオペレーターの応援はタイミングがずれてたけど。
だが!
備品が犠牲になった今がチャンス!
「第二弾! ヒップアター……?!」
声を張り、前回を再現する形で飛ぶ・・・が、飛んだわたしのあとを追う様にして、中秋君が飛んできた?!
空中で捻りを入れて、半分背中を向けているわたしが目を剥いたのを見てなのか、に、と、してやったりな笑みを浮かべ。
ドンッ
体当たりで突き飛ばされた。
「春夏……春夏」
自分が呼ばれているのはわかっていた。
ただ少し面倒で目蓋が開かなかった。
「オイ」
強く脳神経を揺する声……気を失っていたらしい。
「……なによぅ」
だるい声で、返事した。
目覚めるとそこは中秋君の腿の上だった。
色褪せたデニムが目の端に入って、真上にある顔。
びっくりして飛び上がったら、ベンチから落ちた。
「痛!」
「悪い」
見覚えのある公園だった。
太陽は薄っすらした雲に隠れている。
すい、と手が差し伸べられた。
優しいじゃないか。
立ち上がって、ベンチに座り直すと、サボテンをぽんと渡された。
「担任の家出るときにもう場所聞いてたから」
エネルギーは回収されたようだ。
残念。
「歩けるか? 戻らないとそろそろ五月蝿いだろうし」
わたしの顔を見てから、少し眉をしかめて、言った。
公園の時計は三時半を指そうとしている。
季節柄、暗くなるのが早い。
飛び出してから、一時間。
忘れものを取りにいって戻ってくるにしては時間が掛かりすぎていた。
大丈夫だと返事したわたしが立ち上がると、中秋君はそうか、とそっけなく前を歩き出した。
冬空。
太陽に温められない風は冷たい。
―――ハルカ~お疲れ様~
元気にのんびりなオペレーターの声が聞こえた。
武装はとうに解けていて、スーパーからここまで飛ばされ気絶したままの私を、中秋君は見つけて拾って、付き添っていてくれたと、言った。
駐車場で叩きつけたサボテンが鉢から飛び出ていたのを、土を集めて埋め直してくれたとも言った。
「……うーん」
何の責任感なのか。
デーモナとしちゃあちょっと親切すぎだよね。
―――あの子いいこね~
オペレーターの意見に、賛成。
―――でも~
トーンを落とした声で(それでも相当高いが)注意深く、オペレーターは続けた。
―――敵~なのよ~
知ってる。
知っておりますが、彼にとってもわたしにとっても、それ以前にクラスメートなんじゃないかな。
などと。
思っても、口にはしないでおこう。
言っちゃうと、迷いそうだから。
「はるちゃん、中秋君とどこに行っていたのよっ」
「真面目真面目と思ってたのに中秋!」
「きゃーきゃーっ」
担任宅に戻ると、冷やかされた。
「「別に」」
ハモった。
アルバイトだなんて言えませんとも。
担任は何故か赤面し、こほんとひとつ咳払い。
授業じゃないから強くは言わないけれども、団体行動であることを忘れずに、と、ありがたいお説教がありました。
奥さんが、まあまあ、イヴなんだし、とケーキを持ってきたところで、休憩。
先生と奥さんが台所に戻っていって、この場に残る連中で皿とグラスを回す。
……ぜんちゃん!
あなたの言う通りケーキが出て来ました!!
この場にいない親友に心で拍手喝采を送り、クラスメートが並ぶ座卓に混ざってちょーんと正座。
真正面に中秋君。
目が合ってしまって、わたしは何故か今になって
「ありがとう」
言ったら彼はなんだよ、と変な顔で笑った。
それを見た他のクラスメート、全員、騒ぎ出した。
「うるさいっうるさいっ」
わたしは場を収めるのに立ち上がり、必死になって、自分の事じゃないみたいにあぐらをかく中秋君が少し憎らしい。
担任宅応接間テレビの上に置いたサボテンが、楽しそうに見えた。
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