第4話 a Christmas present(1)

 受験生の冬、とはつまり要するに追い込みってことで。

 期末乗り切った後も毎週毎週五教科テスト受けて、その度に順位表が出て、志望校の範囲内ギリギリのわたしにとっては、担任と両親にちくーりちくーり針で、刺され刺され。

 やっときた終業式。

 やっときた冬休み。


 なのに。


 なのに!!


「二十四日から二十五日の強化勉強会参加者は時間割持っていけー」


 終業式の後、ホームルームの最中に、担任は持っていけーと言いながら、わたしの机に一枚、紙を置いた。


「……せんせいっ!!」


 これはっ!!

 これはもしかしてっ!!


「春夏、強制参加」


 にっこりと、体育系教師は有無を言わせない迫力で、笑った。


 ……クリスマスがッ!!

 ケーキが、フライドチキンが、お寿司が!!


 そんなわたしの反論にクラスメートがウケている中、立ち上がった男子が一人。


「いーじゃね?」


 フン、と鼻で笑ってからこいつは、中秋君は、教卓上の紙を取った。


 自主参加?!


「折角のお休みを何て事に費やすの!!」


 言ったら、担任にデコを叩かれた。

 あ痛。


「おまえなぁ……俺の素敵企画になんてこと言うんだ」


 素敵企画。

 ……素敵ですか?

 クラスメート全員が一糸乱れぬ動きで突っ込みを入れた。




「ぜえんちゃあん」


 例によって、愚痴りにいく。

 迷惑千番百も承知。


 ……足りない?


 ぜんちゃんはよしよし、とわたしの頭を撫でながら、なぐさめの言葉を……。


「ギリギリだから、仕方ないじゃない」


 なぐさめてない!!


 わたしはぜんちゃんの机に向かいからしゃがみこんで、卓上にぐったりと肩から上をくっつけた。


「仕方ないけどさー。クリスマスなのに」


 別にクリスマスに予定があったわけではない。家ではケーキとお寿司である。ちなみにサンタからのプレゼントは小五以来ぷっつりと途絶えた。

 大事なのはクリスマスという名目で休みたい、わたしの意思だ。


「こら! やさぐれないの! 高校も一緒に通うんでしょ! それに、先生の自宅での勉強会なんだから、奥さんがケーキ出してくれるんじゃない?」


 ……そうか!!


 先生の奥さんも先生で、隣の地区に勤めているのだけど、陸上部の副顧問とかで、ウチの先生はサッカー部の顧問だけれど、時折ウチの陸上部に差し入れをしてくれる。

 そのレモンの砂糖漬けのおいしかったことといったら……。


「ぜんちゃん、スゴイ読みだよ!!」

「すごいって……」


 綺麗にハの字眉にして、ぜんちゃんは肩を落とした。

 が、すぐににやーりと復活してきた。


「それに中秋君も行くんだったら何か楽しいこともあるかもね」


 ハァトマークを語尾につけた。


 中秋君。

 ハイ、中秋君ですね。


 冗談じゃござんせん。


 この間の一件依頼、急速にクラスでまでも対立するようになってしまったのは、それこそ仕方ないことだ。

 中秋君が当番の日に朝学習に遅れて来たから注意したら、放課後学習のプリントを配ってもらえなかった。

 答案用紙に無記名で提出したことが中秋君にバレて大笑いされたから、先生が髪の色を戻しなさいと言ったことに乗っかって囃したてたら怒られた。

 国語の満点を自慢したら、数学と英語の満点答案を見せられた。


 ……悔しい思いをいっぱいしてしまった。


 お互い、バイトじゃない時にまで敵対する価値は、果たして人生にどれほどあるのだろうか。

 なんて、落ち着いて損得勘定できるほど、たくさん考えられる頭ではない。

 売られたケンカは買うぜ!


「んんー。ハルカ、気をつけてね」


 にやけたまま、ぜんちゃんは言った。

 何に気をつけるんだ、何に!




「ただいまーっと」


 ボスリ。

 自室に入って、制服のまま、布団に突っ伏した。


 ―――お帰り~


 サボテンから精神を余計だるくさせるオペレーターの緩慢な声が聞こえた。


「ぁああい! しゃきしゃき喋ってちょうだいなっ!」


 勢いよく起き上がったわたしは、学習机の隅っこのサボテンの鉢を掴んでガタガタ言わした。


 ―――でででででんごごごごごごんが~


 ぶれた声でオペレーターは尚やんわりと話し続ける。


「伝言?」


 サボテンを、放す。


 ―――オーバから~


 あのダメ男は彼女を何扱いしているのか。


「便利屋じゃないんだから、そんなの引き受けなくても」


 ―――なに~?


 いや、いいです。

 あなたたちの関係にわたしが何を言おう。


 ―――現在調査中の事案があるので~、しばらく会議で地上に赴けないから~


「え? 会議?」


 本当に働いていたのか上司。


 ―――そう~。だからポイントが見つかった場合の連絡は私がするから~


 マジですか。

 確かに今までの傾向を見ていると、わたしに直接指示を出しているのはオーバだが、そのオーバは細かい場所をその都度オペレーターと通信している。


 ―――だからお願いなんだけど~、通信機は肌身離さないでね~




「…………え?」




 わたしは耳を疑った。

 通信機、とオペレーターは言ったが、言いましたが、それはもしかしてもしかしなくても。


 サ。


 ……サボテン?


「これを肌身離さないって?!」


 荒唐無稽。


「そんな馬鹿な!」




 やっぱりツッコミが入った。


「春夏……それは……」


 二十四日午後二時。担任のスイートホームに集合した三年三組八名。

 内、強制参加一名。


 担任が、不安げな顔で尋ねてきた。


「ないと落ち着かないんです」


 ……そんな訳あるかっ!


「そ、そうなのか? でも受験会場には持ち込めないぞ」


 真に受けるような理由ではなかったが、担任は真剣な表情で注意した。


 わかってます!!


 サボテンは、今は静かにわたしが開いた理科の教科書の前に鎮座している。事情を知っている筈もなく、クラスメートは笑う。

 当然、中秋君も笑う訳で。

 しかもあからさまに見下して鼻先で笑っていやがる……っ!


 また、悔しい。


 彼は通信機らしきものを所持していない。ポイントが見つかった場合の連絡は、オーバがするように、誰かが彼に直接指示を出しにくるのだろうか。

 いやいや、他人ン家の事情なんか知る由もない。

 せめてこのまま静かに……。


 ―――ハルカ~


 あああああっ!! 来た!!


 どうしてこう都合よくというか悪くというか!!


 ―――出動よ~

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