第3.5話 intensely summer

 そういえば、であるが。

 もう夏休みに入っていた。

 最後の大会のことだ。


 ……いや、あくまでわたしのみ引退試合となったわけだけど。


「ハールカ」

「……ぜぇんちゃぁん……」


 女子八百メートル走、完走後。

 自分があくまで普通ということはわかっていたけれど、予選落ちした。すでにウェアに着替え、更衣室の横の草叢に座っていた。

 あんまりかわいそうな姿だとか言われるのは嫌だけど。

 嫌だけど。

 膝を抱えていた。


「ハルカ、お疲れさん」

「部長」


 見上げるとぜんちゃんと男子部部長がそこにいた。

 昨日すでに種目を終えていたぜんちゃんは髪を下ろしていた。普段はひとまとめにしているから、ほんとに珍しい。長くて真っ直ぐな黒い髪だけど、この暑さの中涼しげに風に泳いでいた。


「あれ? デート中?」

「なわけないでしょ。応援しに来たに決まってるじゃない」


 ぜんちゃん以外の人になら皮肉と捉えられる様な言葉だったと、反省。

 親友はわたしの素ボケをさらりと流した。


「全力出した?」


 ぜんちゃんの言葉に、呼吸が止まった。

 考える。

 走る前、走っている間、走り終わったとき……。


「多分」


 何も覚えていないのだ。

 ぜんちゃんは笑った。


「なら、お疲れ様」


 わたしはぜんちゃんの笑顔につられて笑って、笑ってから空を見た。

 快晴だなぁー。


「おっつかれ!」


 ぜんちゃんがわたしの両腕を引いて、わたしはようやく立ち上がった。

 あとどの種目が残っているんだろう。チームメイトの応援をするんだ。

 部長は一足先に歩き出した。


「あ、楓」

「何?」


 一歩踏み出して、止まったぜんちゃんの声に部長が振り向いた。


「えっと、彼……」

「ん、ああ、そうだな」


 部長は通りにでて、グラウンドの周囲のフェンスを眺めた。


「……帰った、かも」

「ほんとに?」

「誰?」


 会話に割り込んで、実際ふたりの肩の間に頭を割り込んで尋ねる。

 部長は焦って、何か言った。

 今の何語だった?


「も、いいみたい。いこ、ハルカ」


 ぜんちゃんがそう言って走り出した。

 長い手で部長の頭をひとつ小突いたかと思えば、あっという間にグラウンドのフェンスまで辿り着く。

 部長がその後を追った。




 わたしは空を見た。

 青い空、白い雲、その下に響く歓声。

 目を閉じて、背伸びをして、息を止める。肩を落として、ゆっくり吐いて、目を開ける。


 真後ろを通った人の気配がして、反射的に振り向いた。




 ……そう、そういえば。

 あの時、なんで中秋君がグラウンドに来ていたんだろう。


 激闘跡の幼稚園からの帰り道。

 にやりと笑った中秋君の顔。ふと、夏のことを思い出した。

 太陽に照らされて色素の薄いピンクの髪。

 振り向きもせずに歩いていった。


「いつか聞いてみよ……」


 少し話ができたせいか、そんな気になった。



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