第2話 enemy is beside of you

くどいようだがわたしの名前は春夏良子。

よいこ、ではなく、りょうこ、である。

そこ、間違えないように。

いや、そんなことはどうでもよくて、どうでもないのが今この状態。


「ああああああっ!! 何回やってもわからない!!!!」


張り詰めた冷たい空気が漂う草木も眠る丑三つ時。

わたしの絶叫が町内を駆け巡り、そのエコーが返ってきて脳天を直撃した。

・・・ような気がした。

(ドラ●もんにそんな道具あったよーな。)


―――なんだ、ハルカ。まだ起きているのか。


勉強机の隅っこに小さく置いてあるミニサボテンから声がした。


「何よ、オーバ。こんな時間に出動なんて言ったって行かないんだから!」


いや、行けないんだから。


明日からついに期末テスト。

受験生の二学期末といえば進学先を決める一番大事な(と教師はいつも言う)テストである。

しかも、よりによって、明日の時間割が数学、理科、家庭科。

どれもピンとこない。

いや、決してヤマを張ろうとしているわけではっ。


―――残念ながらポイントはまだ見つからないのよ~。ごめんね~。


女の人の声。

細い、そして独特の伸びた文末が、いつものオペレーターの女性であると理解させた。

いや、その方が、ありがたいです。

なんて言葉を飲み込んで。


「なんだ。また彼女のトコにシケ込んでんじゃない。

ロクでもない上司ね」


―――ちょっちょっと待て!!!!


誤解だ仕事だと騒ぎ立てる。

あからさまに慌てないでください。


「あーもーいいの、いいの。明日テストだから。じゃ」


サボテンを出窓まで運ぶ。


ぐるり。


更に後ろに向けた。

上司が何か叫んでいたが、どうでもいいだろう。

時計は二時半を回っていた。

やる気が、全くなくなった。




無常にも朝はやってくる。

起きたら、八時だった。

部屋まで起こしにきたママンから角が生えていた。

ぎゃあ!!


走りながら食べる朝ご飯はカロリーメイト(フルーツ)。

受験生の味方。

残念ながらトーストではない。


そんなこんなでギリギリセーフ。

予鈴とともに滑り込む。


「……春夏」


すでに来ていた担任の先生からも角が生えていた。


ぎゃああああ!!


「おまえね、内申点とか気にしとるんか」


してます、してますとも。

着席。


……ありゃ。


テストのときは出席番号順になるので、窓際の前から二番目というベストポジションの我が愛席には座らず、教卓の真ん前というまたある意味ベスポジの恐怖の席に着くと、隣が空いていた。


中秋君、来てないんだ。


中学入学時から三年間、ずっとクラスが一緒である中秋君は、ちょっとヤンキーで、髪がピンクである。

また、無口であり、常にガンを飛ばしている。

そのくせ成績は悪くない。

ついでに顔も悪くない。

「は」と「な」だから出席順になるととても近い。

しかし全く会話が成り立たず、ちょっとちょっと怖い思いをしてきた。

私が唯一苦手意識を持っている人だった。


本鈴まであと二分。

先生が問題用紙を配り出したときに、彼は堂々と教室の前の扉を開けた。


「……ハヨッス」

「席につけ。バカもん」


滞りなく、期末テストが始まった。




そして三日間、テストは続き。


「終わったね……ゼンちゃん」


放課後。

クラスが違う親友のところまで、わざわざ溜息を吐きに行く。


「なに、ハルカ。駄目だったの?」


ゼンちゃんはモデルみたいに背が高くて美人で頭も良い自慢の我が陸上部エースだ。

……秋の大会で引退したが。

いや、わたしだけ。


「そんな、駄目なわけないじゃないか……」

「……」


友人の無言の視線。

不覚にも今の一言で誰もが春夏駄目だったのかと確信したに違いない。

ぽん、と肩に手が乗った。


やめて!


泣きそうになるからやめて!




夕日はすでに沈みかけて、辺りには冬の寒さが舞い降りる。

太陽がいなくなると途端に寒さは鎌首をもたげ、帰り道自転車のハンドルを握る手袋の下に隠れる手を、凍結させる。

そうなる前に、帰ろう。


「ゼンちゃん、今日も部活してくの?」


彼女は明るく答える。


「うん。一応部活推薦狙ってるしね」


わたしは笑顔でいってらっしゃいと言って、ゼンちゃんのクラスを後にした。




そして。


(ハルカ)


かばんを持って生徒玄関に向かうわたしを、タイミングよく呼び止めるオーバの声。


「何?」


おそらく変装、じゃなくて、変身しているであろう彼の声は、わたし以外には聞こえていない。

小声になるのも当然だ。

素知らぬ顔で、靴を履き替え、マイ自転車を迎えに行く。


(出動だ)


テスト終わったばっかなのに。

受験生をちょっとは労って頂戴な。


(急げ)

「すぐ?」

(すぐだ)


オーバがわたしを急かすのはいつものことだが、今日は口調が少々違う気がする。

文句を全部飲み下して、自転車で埋まる小屋の陰にしゃがみこむ。


「 エンジェリーナ・トゥ・アームズ 」


物凄く小声で変身する。

きらきらりーん。


「で!! な、に……」

「こっちだ!」


オーバが腕を引っ張った。

翼が開く前に、飛んだ。

いくらなんでも強引な。


「どうしたって言うの!?」

「見ろ!」


学校からそう遠くない場所だった。

それは先日新校舎に移動して無人になった、現在土地が競売中の元幼稚園の小さなグラウンド。

解体屋が入ったらしく、ブランコや滑り台が撤去に遭っている。


その、掘り返された土の中に、半ば剥き出しになったエネルギーボールが見えていた。


結構な大物だ。

ただ。



ぞくり。



背筋に寒気が走る、を、実感した。

降り立ったわたし達の向かいに人影があった。

球体を挟んで、ちょうど同じ距離。

オーバの顔を盗み見る。

九九が出来ない上司は、今までにないくらい、真剣な表情を見せていた。


「あれは」


低く、訊いた。

オーバは気を抜かず、声だけで答えた。


「デーモナ。我々の敵だ」


わたしの額に、冷たい汗。

デーモナ。

エンジェリーナと対をなすその存在。

敵。

エネルギーを奪い合う相手。


……た

倒さねば……っ!!!!


全然自分の仕事に愛着とか自尊心とかなかったわたしだが、こうして目前に敵を見ると、不思議なもので見る見るやる気が湧いてくる。

拳をぎゅっと握り締める。

いつもならスコップが現れてその柄を握るところを、手の中に現れたのは、剣。


「……けん」


こんなもん乙女に振り回せっつーのかい!!

いいや、突っ込みは後だ。

デーモナを撃退せねば。

どこかで見た俳優がやっていたように剣を構えてみる。

おお、それなりに様になってるじゃないか。

デーモナは、支給されている軍服を着ているのだろうが、それは一見どこかの神父のようだった。

しかし十字架はもたず、ただ、黒を身に纏う。

頭には被り物。

全くかわいくないヤギがモチーフで、これもまた黒く、顔まで隠れている。

戦いにくそうだ、と、余計な事を考えた。


すると、タイミングよくずっと俯いていた敵が、仮面を脱ぐため、顎に手を掛けた。

……考えなきゃ良かったかな。


などと、余裕があったのも、ここまでだった。

よろけるようにわたしは、二歩、下がった。


現れたのは見間違う筈もない鮮やかなピンク色の髪。


「なか、あき、くん」



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