エンジェリーナ!

霙座

第1話 angelina to arms

わたしの名前は春夏良子。

ハルカ、リョウコである。

風四季中学校に通う三年生。

ぴっちぴちの受験生である。

そりゃあ釣り上げられた魚が逃げ惑う姿よろしく、足掻きに足掻いているわけである。

成績は中の上。

英語を除けば。

体育はマラソンが好きだ。

明らかな欠点と言えば相当な音痴であることくらい。


つまりはそこここにいる女子中学生である。


ただ、人と違うといえば。




「ハルカ! 出動だ!」

「いやよ!! 今週二回目じゃない!!」

「しょうがないだろう、ポイントが見つかっちまったんだから」

「明日数学小テストなのよ!!」

「後で見てやる」

「あんた九九できてないじゃないー!!」


なんでわたしがこんな目に。


「早くせんか、奴等が来る!!」

「うそでしょー!!!?」


絶叫して、息を吸い込む。


「エンジェリーナ! トゥ・アームズ!!」


あああああっ!!!! 何回やっても恥ずかしい!!!!

きらきらりーんなんて効果音と共に虹色のリボンが身体を包み込んだりなんかしちゃったりして!


「エンジェリーナ、参上!」


わたしはセーラー服からレオタードに毛が生えたようなやたらと動きやすそーなヒラヒラしたコスチュームに変身するのだ。


「行くぞ!!」


わたしを急かしているのは上司に当たる人で、いやどうも人間じゃないんだけど面倒臭いから人でいいか、名前をオーバという。

二階の窓から外に飛び出して、胸まであるロングの金髪をなびかせて空なんか飛んじゃったりする結構なイケメンなんだけども、如何せん格好が情けない。


そのピタピタ全身タイツアンドロングブーツ、なんとかならんのか!


いつぞやテレビで見たもじもじ君を連想してしまう。

毎回彼を見る度の突っ込みはさておき、とりあえず出動なのである。

当然わたしも飛ぶ。

背中にくっついているのは、どうやら本物の羽らしい。

天使の羽だか白鳥の羽だかよく知らないけれども。

ちなみに、ここ重要なんだけれども、変身したわたしの姿は普通の人には見えないらしい。


それだけが救い。




現場はいつもより遠かった。

学校の裏山を越え、隣の町へ入る。

月が昇り、帰宅ラッシュの喧騒が遠く聞こえる中、わたし達は小さな川の土手に降り立った。


「まだ、奴等は来ていないな。急ぐぞ」


オーバが右手を一振りすると、ヴン、という微かな音がし、陽炎のように空気が揺らぎ、次の瞬間にはスコップ(大)が現われる。


…………確認しておくが、スコップ、である。


「ハルカ、急ぐんだ」


厳しい口調に半分観念してわたしも右手を振る。

こうしてスコップを出し続けて一年、未だ何故出てくるのかがわからない。

ハルカ専用スリムスコップ(柄が赤色)を握り締める。

そしてわたしはそのスコップを思いっきり


 ザク。


地面に突き立てる。


 ザクザクザクザク。


土手の上の道を塾帰りらしい小学生の集団がチャリで塊をなしてゆく。

トレーニングらしいウインドブレーカー被ったお兄ちゃんが走ってゆく。

ご婦人がふたりタオルを首に巻きつけて早足でゆく……。

その下方、オーバとわたしはザクザクザクザク掘ってゆく。

冬も間近なこの季節、スポーツにもってこいの気候。

だからって穴掘り。


まだ掘る。

まだまだ掘る。


黙々と地面を掘り進め、深さが一メートルにも達しようとした時、オーバがようやく言った。


「あったぞ。回収だ」


底には青白く光を放つバレーボールほどの大きさの球体があった。

丁寧に泥を取り去り、大事に抱える。

そして右手の平を前方に突き出し、何も無いところで平面を撫でる仕草をする。

天界と交信するチャンネルを開いているらしい。

わたしは汗だらけの顔を二の腕の生地で拭う。

その場に立って待っている。

わずか数秒後、平面にオペレーターと認識される女性が写る。


「コードA005par002、目標E回収です。

サイズ02、転送します」


コードはオーバの認識番号、目標Eというのはエネルギーの“E”らしい。

サイズは05から01まであって、大きい方が数字が小さい。

オーバが口の中でブツブツ唱える。物体を転送する呪文だ。


エネルギー、と言ったが、オーバやわたしの仕事が何なのかという問題もまとめて説明しておこう。

地球上にはいろいろなエネルギーがあって、わたし達はそれをいろいろな形で利用している。いろんなものから電気を起こしたり、油田発掘したり。日常生活を営む上でその恩恵に与らないことなんて今やない。

使いすぎて枯渇も危うい。

そんな中で、地球には地球人の知らないエネルギーがあって、地球外の人々はそれを欲しているという事実があるのだ。

そのエネルギーはこうしてどこにでも埋まっている。

本当に身近なところばかりなのである。

数も多い。

だが一回に発見できる量というのがほとんど先ほどのバレーボール大。

小さいものでピンポン球くらい。

大きいものでも腕に抱えられないものはなかった。


このエネルギーがないと「ウエ」の人とか「シタ」の人が困るらしい。

天上世界の人と地下世界の人、わたし達のよく使う言葉で言っちゃえば、天使と悪魔ってことになる。


目標Eは三層に分かれているこの世界を繋ぐ役割を果たしているらしい。

ウエの人もシタの人もこのエネルギーを使って、行ったり来たりと移動しているのだ。

ウエの人とかシタの人が地上で活動するのにも、このエネルギーが使われるらしく、エネルギーは常に必要なのである。

そのエネルギーをわずかずつ、しかし確実に集めなければならない。

彼らが活動するのにもそのエネルギーが使われるのであれば、探し出すのにわざわざ地上に降り立ってうだうだやっているのは本末転倒である。

そのために、彼らは現地作業員を調達する。

省エネ思考万歳。

しかし地上にいながら別世界との交信が可能、という特別な力が必要らしく、向こうの人たちも作業効率の良い人材を探り当てるのに苦心する。

オーバ達天界人が捜し当てる力を持つものの総称はエンジェリーナ。


そう、わたしはその択ばれしひとりなのである。



聞こえはいいが、穴掘り要員である。



問題はね!

どうして穴掘るのにこんなピラピラした服を着なきゃいけないかってことだと思うな!

通信用のゴーグルまであってさ!

まるっきし正義の味方の格好じゃないか!


戦えそうだ!


……って、そうだ、シタのひととエネルギー争いしてるから、ブッキングしたら本当に戦わなくちゃいけないのか。

幸いこの1年間、まだ出遭ったことはない。


「……了解。帰還します。

 ハルカ」


通信が終わったオーバがわたしを振り返った。


「終了だ。まだ十一時だな。今から数学だ」

「え」


今からって。

数学って。

ってゆーかアンタ九九できんのにわたしに何を教えるんだ!!



月の明るい夜空にふたつの影が舞う。

家路に帰るエンジェリーナとその上司。

頑張れエンジェリーナ!

家では数学が待ってるぞ!


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