第14話 体育館裏実験場

 こんな夢を見た。……だいたいこんな感じ。


 夜の体育館は結構騒がしい。少なくとも、私の弟の通う中学校では。

 学校の授業を終えて、部活動の時間を過ぎてなお、室内競技の部活動で夜間も練習をする生徒がいるのだ。バスケ部のシューズがきゅっと踏み込まれる音だったり、バレーボール部の信じられない高さから叩き落されるボールの音だったり。あそこで一人、畳んだ卓球台に向かって壁となった半面相手にボールのやり取りを延々と繰り返す私の弟だったり。

 私は弟一人だけの卓球部(実際は同好会)の練習のためにほとんど毎日、仕事を終えたあと学校へ迎えに行っている。彼ももう中学生なのだからそこまで遠くない家まで送り届けるのは面倒だが、帰って家事を手伝ったりするのはもっと面倒だ。私は体育館のギャラリーに腰を据え、弟の練習が済むまで本を読むのが日課になっていた。

 ふと顔をあげ、窓にたかるカゲロウの大群に眉をひそめながら、体育館裏へと目をむける。……なんだかおかしい。窓の外が明るい。校庭側のライトが光っているのはわかるが、体育館をはさんで反対のこっちまで明るくなるわけは無いはずだ。

 カゲロウにまみれた窓に近づきたくないが、好奇心は抑えられず体育館裏を見おろす形で窓の外を見る。そこには大勢の人が集まっていた。数人で固まっていたり、一人うろうろと歩き回ったり色々だが、それよりも目につくのは地面に置かれた五つの箱だった。ほぼ真四角の直方体はライトに照らされ鈍く銀色に光っている。そこから二つのパイプが伸び、中身のない半円形の物体が先端に繋がっている。他にも会議室にありそうな折りたたみ式の机に、よく見えないが何か色々乗っている。

 外を眺めているうちになんだか自然と、私もその体育館裏の人々の中に入って行った。見たことのある顔を探してみるが、知り合いは一人もいない。机の方に向かってみると、乗っていたのはスイカ、鉄の塊、炊飯器などなど……。なんだか共通点を見つけるのは難しい。机のそばで両手を前に組んで立っている作業服を着た女性に話しかける。

「すみません、ここで何をしているんですか」

「ようこそ。物質融合生成機試験会場へ」

「あの、その、……なんの試験会場ですか」

「ようこそ。物質融合生成機試験会場へ」

「物質融合……試験会場ってなんですか」

「ようこそ。物質融合生成機試験会場へ」

「あの」

「ようこそ。物質融合生成機試験会場へ」

 ……なんなんだろう。気持ち悪くなってきたのでその場を離れる。周囲の人々はみな笑っている。なにを話しているかは聞き取れないが、目が合ったと思った人はみんな笑顔で会釈してくれた。私もほぼ反射的に会釈を返す。

 四角い金属の塊の方へ向かう。それはレバーやボタンのついた機械だった。結構大きく、私の背よりさらに一メートルほど高い。正面と思われる場所にシャッターがついていた。側面から伸びた二本のパイプについている半球状の物体はヘルメットだったらしく、周囲の人間がそれを頭にとりつけていく。片方のヘルメットを男性がかぶり、同じ機械から伸びるもう片方のヘルメットを別の男性がかぶる。機械の傍にいた作業服の女性が四角い機械についているレバーを上にあげ、赤いボタンを押す。ぱちん。軽い音をたてて二人の男性が消えてしまった。

 私が驚いている間に、シャッターが口を開く。そこから出てきたのは、一人の男性だった。ただ奇妙なことに、その男性はなんだか見たことのある顔をしている。頭の中に疑問符が浮かぶ間にまた男性が二人、ヘルメットをかぶる。女性がレバーをあげ、赤いボタンを押す。ぱちん。また一人の男性が出てくる。なんだかわかった。これは二人の人間を一人の人間に変える機械なんだ。機械から出てきた男性は、ヘルメッットをかぶった二人の男性の面影を、両方残していた。でてきた人間はまた人々の輪に加わり、笑顔で語り合う。

 隣の機械も見てみよう。機械の傍には小さな鉄の籠や、檻のように大きな籠もあった。中にはそれぞれの大きさにあった動物たちが詰め込まれている。

 機械のヘルメットを女性がかぶる。作業員らしき男性が小さな籠の中から子猫を取り出し、ヘルメットをかぶせる(かぶせるというより覆うような感じだったが)。ヘルメットをした猫を地面に置き、レバーとボタンを操作する。また軽い音をたて、シャッターが開く。中から出てきた女性は一見何事もないように思えたが、ぱちりと見開いたその目は猫のそれになっていた。するり、お尻の方から長い尻尾が見える。この機械は人間と動物を一つにするらしい。男性と雄鶏がヘルメットをかぶったところで、私は次の機械へ向かった。

 この機械も他の機械と同じく、片方のヘルメットは人がかぶっている。そしてもう片方はというと、一抱えもある銀色の塊だった。作業員がごろごろと転がして持ってきたそれにヘルメットをかぶせる。……というより乗せる。レバー、ボタン、ぱちん。そして出てきたのは全身銀色の……人間だった。彼はにこにこと笑い、集団の方へと歩いていく。歩いている途中、コツンコツンと固い音が響いていた。

「あー、なるほどね。人間と物質」

 目の前でダイヤモンド人間が生成されそうな光景に背を向け、次の機械の方へ進もうとする。と、一人のおばさんがやってきた。

「ほらこれ、豚汁もくばってるからどうぞ」

 にこにこと笑うおばさんからつい豚汁の入った容器を受け取ってしまう。

 ……この豚は、もしかして豚人間じゃあないだろうか。そんなことを考え、わたしはただ立っていた。


  ***


 2007/11/18

 ・中学校の体育館の裏で大勢の人が五つの奇妙な機械の前に並んでいる。

 ・機械の機能はそれぞれ

  一、二人の人間を一人の人間にする

  二、人間と動物を一つの生物にする

  三、人間と物質を一つの生物にする

 (四、五は覚えてない)

 ・豚汁を配布していた。

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