第13話 写るものの未来は(ホラー)
こんな夢を見た。……グロじゃないよ、ホントだよ。
祖父が死んだのは去年の夏、僕が五年生の頃だった。病床の祖父はまだ生きているはずなのに土気色をしていて、呼吸による胸の上下がなければもう死んでいるように見えた。病状が悪化し、いよいよというところになって、家族みんなで祖父のベッドを囲んだ。母は泣いていた。泣きながら祖父の手をとって、なんども、なんども撫で続けていた。開いた窓から風と共に流れこんでくる蝉の声がわんわんと頭の中を巡る。やがて、何もかもが、静かになった。
祖父の持ち物の整理はあらかたついていて、僕の手元にはひとつのカメラが残った。一眼レフ、とでもいうのだろうか。カメラには詳しくない。黒いそれに、望遠鏡のようなレンズがついていて、ずっしり重い。このカメラは押し入れの奥の奥の箱の中にタオルにくるまれてはいっていた。僕の思い出の中に、祖父がこのカメラを使った記憶はない。大切なものだからしまっておいたのか。見たくないものだったのか。いずれにせよカメラは捨てられず、いま僕の手元に残っている。
さて、カメラに全く詳しくない僕が、なぜ修理屋に出してもらってまでこのカメラを首から下げているかというと、……自分でもよく分からない。まだ子どもの僕の手には重たいこのカメラを通して、祖父は何を見ていたんだろう。なにを撮ったのだろう。そしてなぜ、あんな押し入れの奥にしまっておいたのだろう。このカメラを持っていることで、なにかが知れると思ったのだろうか。僕の幼い頃から病気がちで入退院を繰り返していた祖父のことを、僕はあまり知らないから。
夏休みになった。フィルムをセットし、バッグに収めたカメラを首にかけ、近所の山へと向かう。山の中腹には神社があり、よく友達と待ち合わせて遊んだりする。今日も二人の友人、ソウゴとアキラが待っていた。
「おまたせ」
「おうユウスケ、自由研究何にするか決まったか?」
神社の社に続く階段に座ったソウゴの声に、僕は持ってきたカメラを見せる。
「じいちゃんのカメラがあってさ、カブトムシでもつかまえて飼育日記とかどうよ」
「デジカメじゃないのかよ。フィルムの現像とか、時間かかんじゃね?」
「とってすぐ確認できないんじゃ無理かもしんないな」
アキラもカメラを覗き込んでそう言う。
「基本スケッチと文章でやって、ところどころ写真を張りつけときゃいいんじゃね?」
「あ、それいいかも」
「んじゃ今日の夜にカブトムシつかまえようぜ。木に蜂蜜とか塗っといてさ、夜つかまえんの」
「うち蜂蜜ある」
「取り行こうぜ」
ソウゴとアキラは階段を飛び降り神社の外へ向かう。僕もそれを追いかけようとして、とりあえず神社の写真を一枚、撮ってみた。風がごおっと吹き、蝉の声が一瞬止まって、またわんわんと鳴きだした。
「ユウスケー」
「うん、すぐ行く」
二人の後を追いかける。アキラの家に蜂蜜をとりにいった直後、突然外が暗くなった。
黒く分厚い雲が空に立ちこめ、ゴロゴロと肌が震えるような音が鳴り響く。窓に三人貼りついていると、空がカッと明るくなり、家を揺るがすような音が響いた。
「雷だ」
「マジか。いきなりすぎね?」
雷はしばらく鳴り響き、この日は神社に行くことは出来なくなった。僕とソウゴは雨が降る前に家まで走って帰るはめになった。けれど空の模様は、家につくころには雲はうっすら跡を残す程度になり、夜は星空が輝いていた。
翌日、また三人で神社に行ってみると、社が真っ黒に焦げ落ちていた。なんども、なんども雷が落ちたのだろう。焦げた支柱がいくつかやっとという風に立っていて、やがて大人たちがやってきて頭を抱え始めるまでずっと僕らはそこに立っていた。
神社から少し離れた森の中、僕たち三人は枝に赤い紐を結び、その木に蜂蜜を塗りたくった。僕はその木を写真に撮り、三人で夜ここに来れるように家に帰って早めに寝た。
カブトムシは順調にとれた。オスとメスを一匹ずつ、用意していた飼育ケースに入れる。ただ蜂蜜を塗ったその木だけが、葉っぱを全部落とし丸裸になっていた。心なしか枝にも元気がないように見えて、近々朽ちてしまうのではないかと心配になった。
カブトムシ二匹の写真を撮る。うまく撮れなかった時のために飼育日記にも絵を描いて、観察を楽しむ。いろんな食べ物を与えてみようか。例えば塩を振ったスイカと振ってないスイカ、どっちが好みか、なんて。
次の日、カブトムシは二匹とも死んでいた。ただ死んでいたんじゃない。手足をもぎ取られたように、飼育ケースの中にばらばらに広がっていた。
僕は何となく気がついた。このカメラに映ったものはみんな壊れる。生き物は死ぬ。本当は、気のせいかもしれない。神社もカブトムシも偶然で、カブトムシを取った木はもう元気になっているかもしれない。
神社にはもう集まれないため、アキラの家に三人集まる。ばらばらのカブトムシを見せ、僕の憶測を二人に話す。ソウゴが「じゃああの木のところ行ってみようぜ」と言うので、僕らは森へと向かう。枝に結んだ赤い紐を探す必要はなかった。その木は精気をぬかれたようにごっそりと水気を無くし、根元から折れて近くの木にもたれかかっていた。
「嘘だって、こんなん。絶対なんかの偶然だろ」
ソウゴはカメラをいじくりながら言う。「これで俺ら撮ってみろよ」
「いまなんて言った?」
「アキラ、来いよ。こんなんで撮ったくらいでどうにかなるかよ」
「そうだよ、僕らが証明してやるって。やってみろよユウスケ」
二人は僕にカメラを押し付け、並んで立つ。僕は戸惑っていた。どうしよう、本当に大丈夫だろうか。ばらばらになったカブトムシが脳裏によみがえる。でも本当に、偶然かもしれない。二人を前に心臓がばくばくいうのを感じながら、震える手でシャッターを切る。二人ともなんてことなさげに、自分達の体を確認する。
「なんともねえじゃん」
僕の心臓はまだばくばくと動いている。ソウゴに頭をひっぱたかれるまで、大きな手に握りしめられたように体が動かなかった。
僕を真ん中にして、三人山を下り町に出る。工事の音や車の排気音。町の喧騒を聞いていると何となく落ち着いてきた。やっぱり全部偶然だ。何かあるはずがない。
瞬間、車がソウゴを押しつぶした。車と塀の間に、ソウゴは押しつぶされた。赤い血がソウゴの口からごぽりと溢れた。
「ぎゃーっ!」
誰かの叫び声が聞こえる。それが自分の声だと気づくのに、そう気がつく直前に、ビルの工事現場から鉄骨が落ちてきてアキラの上にふってきた。アキラの頭がぐしゃりとひしゃげ、足元まで一気に潰される。
「アキラ!」
視界が赤で埋まる。骨の白や
あれから十年たった。中学校にもまともに通えず、いまは夜間学校で勉強している。ソウゴとアキラの葬式に出ることは出来なかった。ただ一日中ベッドで眠りつづけ、二人の夢を見て叫び目を覚ます。ずっとそれを繰り返していた。いまでもその夢を見る。
ふと、カメラがどうなったか気になった。探してみればなんてことない、押し入れの衣装ケースにあの時と変わらないまま入っていた。
撮った写真を見てみようと思った。その程度には僕は快復しているらしい。写真屋に行ってフィルムを預ける。2時間も待たず、写真が出来上がった。見ると神社も、木も、ソウゴとアキラも、真っ黒に染まっていた。
あれからカメラには触れていない。写真にも、写らない。
***
2007/10/22
・男の子が死んだ祖父のカメラでいろんな風景を撮っている。しかし撮った風景は全部火事や事故などで次々と消える。
・そのことを友人二人に話すと二人はふざけて自分たちを撮れと言う。男の子は二人を写す。
・一人は鉄筋に潰されて、一人は車に轢かれて死亡。男の子はショックで入院する。
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