第11話 パンジーパンジー

 こんな夢を見た。……いろんな視点がころころ。


「ごわああああああ!!」

 やあみんな、僕だよ。“僕”って誰? そんな質問に答えている余裕はない。なぜならいま僕は、というか僕とその仲間たちは絶賛大ピンチ真っただ中。冒険の途中、ドラゴンとかドラゴンとかマンドラゴラとかドラゴンとか火を噴くドラゴンと戦って今にも死にそうってくらいくったくただったんだ。ああいますぐ温かいシャワーを浴びて泥を落とし、きれいな服に着替えて、柔らかなベッドに倒れ込んで、そのままぐっすり一日中眠っていたい。そんなとき、崖っぷちのただ中にある細い道が僕らのいる所をそのままごっそり崩れ落ちてしまったんだ。下を見るのも恐ろしい、とんでもなく急な坂を僕とその仲間たちはとっさに身を縮めてただただ転がっていくしかなかった。

「おああああああああ!!」

 誰がどこに向かって落ちていくのか全く分からない。ただみんなの悲鳴があたりに響き合い、それが遠ざかるのを感じていた。口の中に土が入って気持ち悪い。それでも叫ばずにはいられない。悲鳴が聞こえるってことは、とりあえず声の届くところに人がいるってこと。でも仲間の声はさっきも言った通り遠ざかり、このままだと一人になりそうだ。さみしっ。

 途端、体が何か青臭い、柔らかいものに当たった。勢いを押しきれないまま体が宙に跳ね上がる。ああ、パンジーだ。パンジーの生け垣に当たったのだ。どっと地面に体が落ち跳ねる。そこはもう崖の下だったのかごろごろと勢いをころしながらまたパンジーの生け垣に突っ込む。ようやく止まったけれどぐるぐるまわる頭と体がどうも言うことを聞かない。みんなの名前を呼びながら、僕は生垣沿いにふらふら歩いて行った。


  +++++


 おう、俺だ。“俺”って誰だなんて聞くな。仲間と崖を転がり落ちて、なんか草の中に突っ込み、そこから緩やかな坂をずだぼろの体で転がり、止まる。目も回るが体もぐしゃぐしゃで、ゆっくり体を上向きに変える。目に入ったのは木々の隙間を抜けて来た日の光だった。眩しさに目を細める。顔についた細かな傷が沁みた。

 体に異常がないことを確認し(奇跡的に骨も肉も余さず無事だった)、ゆっくり体を起こす。一緒に崖を転がってきた仲間の姿は見当たらない。一人はぐれたか。生き物の気配はない。声をあげようにも肺に力が入らない。仕方なくおそらく落ちてきた方であろう方へと向かう。重い足を引きずり、俺は森をさまよった。


  +++++


 はーい、私よ。“私”が誰かなんて聞かないで。いま結構ピンチだから。崖の上から転がり落ちてパンジーの生け垣にぶつかったの。何とか仲間のうち二人は私と同じく生垣につかまってはぐれずに済んだの。あとの二人がどうなったのか、私たちには分からないわ。三人うのていでとりあえずあたりを見渡せるように広場の方へ向かったの。大きな怪我がなくてよかったわ。

 粘土質の赤土でできた広場の中に向かったとき、いきなり体に衝撃が走ったわ。後ろから薙ぎ払うように三人そろって土に顔をつける。

「ごっほっ、ぐううぅ」

 咳をすれば肋骨に響いた。この見渡しのいい広場で、いきなり攻撃を食らうなんて。痛む体をひねってあたりの探る。そうしたら何も無いはずの場所から空を切る音が聞こえた。瞬間、私に何かが当たるその一瞬、蟹のはさみの様なものが見えた。とっさに結界の呪文を唱えればそれは音をたてて跳ね返った。ほんの一瞬だったから弱い結界しかはれず、私の体も跳ね転げる。仲間が何とか支えてくれたけれど、これはまずいわ。攻撃の一瞬だけに姿が見えるとはいえ、崖から転がり落ちてみんな多かれ少なかれ傷を負っている。勝てる相手には見えない。

 パンジーの生け垣沿いに走る。二人も肩を貸し合いながらついてくる。また一瞬蟹のはさみが見えたけれど、からぶって地面をたたいただけで済んだわ。運がいい。

 けれど逃げた先、そこも広場のようになっていて、積みあがった木材やパイプなんかが隅にたくさんあったの。何かを建てる予定だったのかしら。そう考えたとき、いきなり地面が揺れだしたの。地震かと思って這いつくばっていたら、地の底から大きな青いドラゴンの腕が生えてきたの。またドラゴン! 私たちドラゴンと戦ってばっかりだわ! 地に潜むタイプのドラゴンは頭と体を隠すから倒すのは至難。ぼろぼろの三人。戻って見えない蟹と戦うか、玉砕覚悟でドラゴンに挑むか。マシなのはどっちかしら。


  +++++


 やあみんな、また僕だよ。“僕”って誰? 最初に話した“僕”さ。忘れたの? 寂しいね。

 パンジーの生け垣は不思議に曲がりくねっていていつの間にか迷路のように僕を巻き込んで迷わせる。もはや仲間を探すというより、どうやってこの不可解な生垣から抜け出せるかが問題となっていた。

 それでも歩き続けると少し広めの湖に突き当たった。転がり落ちて土塗れのぼろぼろの体を洗い流したくなった。湖の近くには見知らぬ子供が二人いて、その子たちも服を脱ぎ水の中へと入って行った。もう我慢が出来ない。服を脱ぐ手間も惜しく、そのままざぶんと水に飛び込んだ。湖の底にもパンジーが咲いてこっちを見ていた。

 頭まで浸かって水面に顔を出す。途端、水面が揺らぎだした。ぞわりと足の先から気持ちの悪い感触が体を覆う。なんだろう。わからないけれどこれ以上入っていたら危険だ。すぐに岸に上がる。二人の子供は湖の中から頭だけだし、じっとこっちを見つめていた。


  ***


2007/9/28

・かなり急な坂を仲間と転がり落ちる。パンジーの生け垣につっこんでバラバラになる。

・三人は赤土広場、一人は迷路、一人は森の中でずっと迷子。

・広場の三人は見えない大きな蟹に襲われる。

・攻撃のときだけ見えるはさみを避けながら工事現場の方に逃げるが地面が揺れ、大きな青い怪物の手が出てきた。

・その怪物は土の中の大きな体に首の長いドラゴンの頭がついている。

・生垣迷路に落ちた男は汚れた体を洗うためにそこにいた知らない子供二人と湖の中へ入る。湖の中にはパンジーが咲いていた。

・入った途端水面が揺れ、すごく気持ち悪くなった。これ以上は言っていたら危ないと思いすぐに出たが原因はわからなかった。

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