第9話 ピザと猫と財宝と

 こんな夢を見た。……匂いは感じる派。


「なーんでこんなとこまでピザ届けに行かんきゃならんのかねえ」

 木漏れ日の射す森の中、二人組の男が枝をぱきぱき踏み鳴らす音が響く。

「仕方がないだろう。やれと言われたら何でもやる。って決めたのはお前だ」

「それでも『何でも屋』に頼む仕事かよ。ピザのことはピザ屋にやらせとけって話だぜえ」

 黒髪の男がぐちぐちと文句を垂れるのを銀髪の男はいちいちたしなめる。

「配達圏外だろう」

「じゃあ食いに来ればいいじゃん」

「それは依頼主に言え」

「言えるかよ、一人暮らしの婆さんに『一緒にピザ食べてほしい』なんて頼まれちゃさあ」

 溜息をつく黒髪の男、ジンはざくざくと足音をたてながらもピザの箱を傾けないよう、歩みは慎重だった。銀髪の方、ハイドは刀を佩いておりながら、倒木に這う巨大なナメクジにぞっと鳥肌を立たせていた。

 二人のある草木には一軒の家があるはずだった。町から遠く離れた森の中。何でも屋に依頼を出すのだって町のポストまで行かなくてはならないはずなのに、そんな場所まで来たとしたならば、なぜ町でピザを食べず、わざわざ素性の知れぬ二人の男に『一緒に食べて欲しい』と依頼の手紙を出すのはなにごとだろう。そんなことをずっとぶつぶつぐちぐち、ジンは森に入る前からずっと漏らしていた。そんなジンにハイドがいちいち返事を返すのは森という場所が気に入らないからだ。そこらじゅうを這うナメクジ、湿った落ち葉や泥に汚れること、それらのことを考えると皮膚の奥底からぞろりと鳥肌が立っていた。ジンの愚痴に返事をすることで不安から目を背けているのだ。

「手紙は多分、町から来た郵便配達員に頼んで出してもらったんだろうな。町で暮らさずわざわざ森の奥深くなんかに住んでる一人っきりの老人相手に手紙を書く人間がいるなんて疑問だが」

「役場の連中だろう。あいつら人間相手ならどこに誰が住んでるかなんて何でも屋おれらより知ってるしなあ」

「なんにせよ、ご婦人相手にピザ食べてちょっとおしゃべりしてそれで行き帰りの手間賃に色付けてもらえれば大儲けだ。俺は早く森から――」

 ぴたり、ハイドの歩みが止まる。

「どうした。早くしないとピザが冷め」

 ジンの言葉も止まる。視線の先にどう考えてもこんな森の中にありえないほど綺麗な猫がいた。ハイドの灰がかった銀髪よりずっと白いふわふわの毛に長い尻尾をゆらゆらと揺らし、青い両目が遠くを見つめている。

「婆さんの飼い猫か? 近いな、早く行こう」

「待てジン、そうじゃない。あいつら見えないか」

 ハイドはジンの顎を掴みぐいっと猫と自身の視線の先に合わせる。その先にいたのは五人の男女だった。そう、こんな森の中に、自分達も合わせ計七人もの人間がいる。二人はそっと気配を消し、するりと彼らに近づく。彼らに気づかれず、それでも声が聞こえる位置に。

「本当なのか? あのおんぼろの猫屋敷に財宝なんて」

 女の声にジンとハイドは目を合わせ、声を潜め話しはじめる。

「なあハイド、婆さんが独り暮らししてるのってなんでだっけ」

「飼いすぎだ、猫の。家から溢れるくらい飼ってるって娘に愛想つかされたんだ」

「あいつらの言う猫屋敷って……」

「ああ、ジン。たぶん依頼主の家だ。……財宝ってなんの話だ?」

 五人の男女、髭を生やした眼帯の男に、ゴーグルをかけたチビた男。やたらでかい筋肉だるまの大男にオレンジの短髪の女と銀髪のマスクをした女。どこかで見た集団だった。

「ジン、あいつら盗賊だ。新聞に載ってたぞ」

「脱獄したって書いてあったっけなあ」

 ハイドは腰の刀にそっと手を伸ばす。

「目的地は同じ、みたいだな」

「婆さんの家、か。ピザと一緒にあいつらの賞金までいただけるってわけだなあ。二重にうまい話だ」

「あまり油断するな。二対五だぞ。あの髭の男と銀髪の女。かなりやばい」

「俺らならいけるって、なあ。このままそっと近づいて後ろからやれば……」

 その時、風がひゅうっと吹き抜ける。瞬間、髭の男がこっちを見た。

「そこにいるのは誰だ!」

 男は大声をあげこちらに向かい刃をむけてくる。ハイドは舌打ちしてジンの手元を見た。

「ピザの匂いだ」


  ***


20007/8/27

・二人組の何でも屋が一人暮らしの老人の家にピザを届けに行く。老人は数十匹の猫と一緒に森の中に暮らしている。娘がいたが愛想をつかして出ていった。

・二人が配達に向かう途中、森に隠された財宝を狙う五人の盗賊と遭遇。財宝は老人の家の下にあるらしく、老人と財宝を守るために戦う。

※盗賊は髭のリーダー、ゴーグルのチビ、大男、オレンジの髪の口調の荒い女、銀髪の無口な女

※何でも屋は黒髪と銀髪

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