第7話 海が上にあった時代

 こんな夢を見た。……いま考えた造語がたくさん。


 いつも通っている本屋で、ひとつの漫画が目に留まった。数多くある書籍の壁の中、白い背表紙が浮いていて何となく手に取ってみた。


  +++++


「よお、できたのかよ」

 青年は金色の瞳を輝かせ、友人のもとを訪ねる。一つに束ねた長い黒髪と、同じ色をしたコートとが開いた扉の向こうでばたばた揺れるのを見た友人は眉をひそめた。

「まず扉を閉めろ。煙が逃げる」

 ぐしゃぐしゃに生えた金髪をがしがし掻きながら友人、ゼファは丸椅子を蹴りあげ、青年、トエトの方へ寄こした。無精ひげに咥え煙草、四角いフレームの眼鏡の奥の瞳にはがっつりと隈が浮いていた。

 ここは浮遊岩の国、ガトヴェニア。巨大な石柱がいくつもそびえ立ち、人びとはそこに穴を掘り、家として使っている。石柱の間にはこれまた巨大な岩が浮いている。住人はそこにロープを張り、滑車のついた籠を乗り物にして自力で滑車を回し移動する。大きな籠になるとそれ専属の回し手がいて、人や荷を運ぶことで賃金を得ていた。しかしトエトは違った。年に合わない重苦しいコートをはためかせ、ロープの上を軽やかに渡ってやってくるのだ。石柱の下はもやに埋もれて足元は見えない。ガトヴェニアの人びとはその靄を“海”と呼んでいた。海に落ちると“東の人”となってしまい、もう二度と上へ戻ることが出来なくなると、みな小さな頃から何度もきかされている話だった。そんな話など恐れぬかのように、トエトは空を歩き回っていた。

 逆にゼファはある機械を作っていた。ホエネという白く丸くつややかなそれはロープや籠に頼らず、自分の力で浮いて石柱の間を飛び回る乗り物だ。工房には誰も立ち入らせず、その製法は謎に包まれていた。友人であるトエトにさえ、秘密にされている。ホエネは数少ない材料を使い、大層金のかかる代物なので、富裕層の間にしか出回らず、このあたりでホエネに乗るのはゼファだけだった。

 そんなゼファが、トエトに頼まれ何年もかかって作っている乗り物がある。そしてそれは昨日、完成したものだった。ゼファはさっそくトエトに手紙を送り、そして翌日、冒頭に戻る。

「完成したんだな、あれが、ついに」

「試運転はしてみた。しかし本格的に潜るとなるとどうなるか……。お前、覚悟できてるんだろうな」

「覚悟ならとっくに決まってる。お前にあれを作るのを頼んだときに」

 ゼファは溜息をつき立ちあがると。顎をしゃくってトエトについてくるよう促した。石柱の中、二人は階段を上がっていく。石柱のてっぺんの開けた場所にでると、相変わらず風がごうごう吹き荒れていた。

 そこにあったのはトエトが頼んだ乗り物だった。通常のホエネよりはるかに巨大なそれは市販品とは異なり、四つの足を持って立っていた。白く、軽く、丈夫でしなやかな白鉄石を惜しみなく使い、友人のために作りあげた世界でたった一つのホエネだった。上の方にはくぼみがあり、ちょうどトエトとゼファが立って乗れるようになっていた。ライトのついている前面は少しせり上がり、四つの足と伴って頭のように見え、まるで図鑑で見た四足獣のようだった。

「これで海に潜れるんだな」

 つややかな足のひとつを撫でながらトエトは言う。

「昨日は50メートルまで潜った。それ以上は知らん」

「ゼファは来なくてもいいぜ」

「俺がいなかったらだれがお前とこいつの面倒見るんだよ」

 頭を小突かれながら、トエトは小さく漏らす。

「ありがとう。これで探しにいける」

 姉さん。その呟きを聞いてしまったゼファはトエトから目をそらした。いまでも覚えている、目の前で起こった事故。トエトの姉はずっと昔、トエトの幼い頃に古くなった籠の底が抜けて海に落ちてしまった。東の人になってしまったんだ。もうどうすることもできない。周りの大人たちにそう言い聞かされてきたトエトは、それでも諦めなかった。何度も縄梯子を下し、海の下へ行こうとしては補導され、大人になってくると牢に入れられることもしばしばあった。海の下はガトヴェニアの人びとにとってそれほどの脅威でもあった。以来、トエトはロープの上を歩くようになる。まるであの時の姉のように、うっかり落ちてしまえるように。

 しかしトエトは見つけてしまった。図書館の奥の、かび臭い古い本の中、“海が上にあった時代とき”の話。ページの多くは意図的にインクをぶちまけたかのようになっており、得られた情報は大昔の人は自由に海に潜り暮らしていた。という一文足らずのものだけだった。

 トエトはそれに必死に縋った。姉の友人でもあったゼファに頭を下げ、額に血がにじむほど床にこすりつけ、どうか俺を海に潜らせてくれと、泣いて頼んだ。あの時ゼファがどんな表情をしていたのか、トエトには分からない。けれどゼファは一言、「わかった」とだけ言って、特製のホエネの開発に励んだ。


  +++++


 ぱらり、とうとう最後の一文まで読み込んでしまっていた。ふうん、結構面白そうじゃないか。続きはいつ出るんだろう? 買おうか、買うまいか。

 君はどうする?


  ***


2007/8/17

・本屋で立ち読みする。

・内容は主人公とその友人がホエネという乗り物で「海」の下を探るらしい。主人公たちのいるところは巨大な岩柱がモヤの中にいくつもそびえ立っている世界で、モヤの下は「海」になっていて下に落ちると「東の人」になってもう戻れなくなるらしい。理由は不明。「海が上にあった時代とき」と呼ばれる時代もあるらしい。

・主人公。白のワイシャツ、黒いコート、姉がいる。

・友人。金髪、黒Tに白衣、結構主人公と年が離れている。

・ホエネ。白くてスベスベ、丸っこい、飛ぶ。

※主人公、友人、ホエネのスケッチ(略)

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