第6話 死と黒い蝶(グロ)

 こんな夢を見た。……多分グロ? 自分ではわからない。

 

 昼休みのざわついた教室。前から四番目、窓側から三番目。そんな中途半端な位置に俺はいる。特に何をするでもなく、机に頬杖をつきながら開いた窓から吹き抜ける風に弄ばれる前髪の感触を額に感じていた。大きくなびくカーテンの向こう、一羽の蝶が黒い大きな羽をはばたかせていた。

 ぼんやりとそれを目で追っていた俺の前に影が差す。一人の男子生徒が立っていた。暑い盛りだというのに黒の詰襟を第一ボタンまでしっかりと止めている。こんなクラスメイトいただろうか。同じ学年だろうか。いたらすぐ分かりそうなものだが、昼食を食べた後の何とも言えないまどろみの中では答えを出すことは出来なかった。そいつは俺に向かって口をきいた。

「ねえ、どうやって死にたい?」

 ……こいつは何を言っているんだろう。友達でもなんでもない、顔に覚えすらない存在から、唐突にむけられた質問に、思わず頭を持ち上げる。端正な顔立ちに微笑みを浮かべ、そいつはもう一度口を開く。

「どうやって死にたい?」

 相変わらず頭がぼうっとしている。そんな思考でまともな考えが出来るわけがなく、気がついたら馬鹿みたいな答えを返していた。

「あまり痛くないほうがいいな」

 頬杖を解き、へらへら笑いながら前髪が触れてくすぐったい額を掻いた。黒い蝶が教室まで入ってきたのを目で追う。ひらひらと大きな羽で舞うそれは見知らぬ生徒の黒い制服の背後に溶けて消えた。

「そう、分かった」

 そう言うとそいつはどこからか一枚のトランプを取り出した。濃い紅色の、ハートのエースだ。それを片手に、笑いながら俺の額に向けて差し出した。

 ずぶり、トランプが俺の額に差し込まれる。ゆっくり、ゆっくりと頭の中に吸い込まれていくトランプ。痛みは、ない。ただただ傷口が熱くて、だらだらと溢れる血が顔をつたい、白いシャツに染みていった。

 最後まで押し込まれたとき、体がぐらりと揺れてどっと机に倒れ込んだ。頭が机にガツンと当たる音が脳をゆらした。あいつが俺に背を向けて教室から出ていくのを、今度は熱でぼんやりする目で見ていた。あふれる血が溜まる机の上にはトランプのカードがいくつも散らばっていた。

 俺は死ぬんだろうか。教室は相変わらずがやがやと騒がしいいつも通りの昼休みだ。誰一人、額から血を流して机に倒れ込む生徒のことなんか見ちゃいない。本当に、痛みがないのが信じられないほどの寂しい“死”だった。相変わらず窓から流れ込んでくる風が熱い熱い傷口を覚ましてくれていて、酷く心地よい“死”でもあった。

 目を閉じた。

 俺は死んだ。


 ぱちり、目を開く。ぼんやりとしていた意識ははっきりとしていて、教室には誰一人いなかった。時計を見るともうみんな部活動で教室を出ており、俺はただ一人教室に取り残されていた。窓はもう閉じられていて、校庭で騒ぐ運動部の声がかすかに聞こえた。

 相変わらずだらだらと流れる血に、今更ながら焦燥感が湧いてくる。血を、血を止めなくては。保健室に向かわなくては。

 ぐにゃぐにゃと力の入らない足を無理矢理動かそうとして、またトランプの散らばる机の上に倒れ込んだ。ごっと打ちつける頭の痛みに呻く。痛み。そうだ、痛みを感じる。俺は生きている。生きている。

 ぐらぐら響く痛みに感動していると、一羽の蝶が、あの黒い蝶がひらひらと教室の中に入ってきた。その蝶は机の上の一枚のトランプにとまった。様々な柄や模様のあるトランプの中で、そのカードだけが真っ白だった。そこに黒い蝶が溶けこむ。黒いインクのようになった蝶はぐるぐると渦巻き、スペードのエースに姿を変えた。

 ぽたり、トランプに血が垂れる。そうだ、止血しなくては。血のあふれる額を抑えながら、ふらつく足で俺は保健室に向かった。


  ***


2007/7/17

・自分は前髪の短い男の子で、学校の教室の前から4番目、窓側から3番目の席に頬杖をついてぼおっと座っていた。

・男の子が来て「どうやって死にたい?」と聞いてきたから「あまり痛くない方がいい」と答えた。

・そうしたら男の子が私の額にトランプを横向きに少しずつ刺してきた。痛みはなかったが傷口が熱い感じ。血がたくさん出た。

・机に倒れ込んで「俺……死ぬのかな……」と思っていると机の上にトランプが散らばっているのが見えた。

・しばらくすると意識がはっきりしてきて、止血しなくてはとオロオロしながら保健室に向かった。

※トランプのスケッチ(略)

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