第4話 天使と竜の炎

 こんな夢を見た。……いい夢だったよ……。


 まさか、こんな日がくるなんて……。夢ではないだろうか。

「では、行きましょうか」

 水面まで遥か遠くの崖の上で、目の前の美しい生き物はそう言って私たちに向き直った。柔らかな金糸を軽やかになびかせ、遠く遠く世界の果てまで広がる青空のような瞳を持ち、この世のどんな白よりも輝く翼を広げ立つその姿は絵姿で見た天界の使いそのものだった。

 三人の天使のうち二人が私を含め四人の凡俗な探検者に近寄る。彼ら、あるいは彼女らか、そのどちらともとれる完璧に整った生き物を前にすると、自分達があまりにも土埃にまみれ、破れた服をつくろい着倒した風体であるのがなんとも恥ずかしくなった。これまで数々の冒険を潜り抜け、共に戦い賞賛しあい、自らを誇りに思っていたはずなのに、それを恥いてしまったのがあまりにも情けなくて、とても彼らの前に立っていられなくなった。

「や、やっぱりいいです。わ、わ、私たちは貴方がたのような、こ、高貴なお方に触れられるような存在では、あ、ありません」

 自然、口をついて出た言葉だった。仲間たちも、うろうろと視線をまごつかせ、破れた裾を掴んで隠そうとしたりしていた。

「なぜそのようなことを言うのですか。貴方たちは出会うことを望み、私たちはそれに応えたかった。それだけのことです。私たちは貴方たちのような命そのものを愛しています。どうか貴方たちも、私たちの愛に応えてください」

 天使はそう言うと、私ともう一人の仲間の間に立ち、両脇に抱えるよう腕を回してきた。あとの二人にも、もう一人の天使が付き添い支える。

「何も心配することはありません。決して危険な目に会わせないと約束しましょう」

 目を細めて笑う完全な美そのものの姿に頭がくらくらした。

 残った天使はいつの間にか細長いラッパを手に持ち、唇を寄せて高らかに鳴らし始めた。

 それを合図に、天使たちは翼を大きく広げ、私たちなど何の苦にもせず浮かび上がった。私たちも、ただ両脇に抱えられているだけなのに、そんなことは気にならないほど体が軽かった。

「さあ、竜の世界を見に行きましょう」

「りゅ、竜?」

 どよめく私たちを気にも留めず、ラッパを持つ天使が先導に立ち、私たちは目の前の崖から飛び降りた。始めはただ落ちるように、頭から水面にどんどん近づくのに何の抵抗もなかったので目をおおいそうになった。しかし彼らは水面に落ちる直前に大きく翼をはばたかせ、その遠く広がる水の上を滑るように飛んだ。

 どこまでもどこまでも広がるそれは海ではなく湖なのだと教えてくれた。その水はまるで底まで見通せるかのように透きとおっていて、吹き抜ける風が冷たくて気持ちよかった。見ると私たちの下で大きな金色の魚が群れを成して泳いでいた。とても大きな魚で、その尾ひれから頭にかけて随分時間をかけて飛んだ。時折水面から飛びあがることもあり、間近で見た時には一枚一枚丁寧に磨き上げられた金無垢のような鱗に顔が映った。ぽかんと間抜けな顔を晒していることに、その時初めて気づいた。

 しばらくすると目の前に霧のような飛沫をあげ、幾重にも虹を作る大きな滝に向かっていることに気がついた。天使たちは水面すれすれを飛ぶのと同じように滝の傍まで寄って、水飛沫のかかる中を笑いながら飛んでいた。虹の輪を潜り抜けるごとに胸の高まりを感じた。私と一緒に抱えられている仲間も目を細めて笑っていた。

 滝の上に出てまた水面近くを飛ぶ。そこには太く丈夫な石柱が幾本も空へ向けて伸びていた。天使たちはその合間をくるくると器用に縫うように飛び、声をあげて笑っている。私たちもいつの間にか歓声を上げ、喜びに満ちた悲鳴を響かせた。

 少しして、遠くの石柱の合間に黒い何かが飛んでいるのに気づいた。時折青白い光が輝く。

「て、天使さま。あそこにいるのはなんでしょう」

「ああ、あれが竜ですよ。害はありませんので、もう少し近くで見ましょうね」

 先導する天使はラッパを高らかに吹き鳴らし、大きく右に逸れた。私たちもそれに続く。竜だって? そういえば『竜の世界を見に行く』と言っていた。けれどそんなもの、寝物語の英雄譚でしか聞いたことがない。私たちのような些末な冒険者にとって、天使の存在と同じくらい信じられないものだった。

「本当に、本当にいるのですね! 竜が! 本当に!」

「ええ、勿論いますとも。貴方たちがいるのと同じくらい、本当の生き物です」

 しばらく飛んでいると、竜の全容がはっきりとした。ほっそりとした体を持ち、蝙蝠のような翼をした黒い竜が、幾匹も幾匹も石柱の合間を飛んでいる。あの時遠くに見えた青白い光は、竜たちが口から吐き出す炎だった。

「なぜあのように炎を吹き続けるのですか? 危険なものではないのですか?」

「言ったでしょう、害はないと。あれは仲間内での会話のようなものです。私たちは貴方たちを危険な目に合わせませんよ」

 天使はくすくすと笑うので思わず顔が赤く染まるの感じた。

 果てしない湖、金色の巨魚、青い炎を吐く竜。どれもまるで夢のような世界だった。

「夢ではありませんよ」

 そう話しかけられてどきりとした。

「どれも本物で、嘘偽りのない数多くある世界の姿のひとつです。貴方たちの過ごした冒険の日々の隣で、こういう世界も広がっているのです」

 私はほれぼれと溜息をついた。


  ***


2007/6/7

・天使の両脇に抱えられて飛ぶ。私を合わせて人間は4人。天使は3人で、2人の天使が人間を2人ずつ抱えて飛び、一人は案内役。

・果てしない湖(海ではない)を水面すれすれのところで飛んでいた。水がとても綺麗で巨大な金色の魚が泳いでいた。

・大きな滝の前に来て、水飛沫のかかる距離で上に向かっていった。滝の上に出てまた水面を飛んでいるとまわりでほっそりとした黒いドラゴンが青白い炎を吐きながら飛んでいた。石柱が何本もあった。

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