第3話 棚の上のお人形(グロ)

 こんな夢を見た。……怖かった……。


 日もだいぶ暮れた空の下、俺は仕事を終え、うんと背を伸ばす。体のあちこちからぱきぱきと小気味よい音をたてるのを聞きながら、今日も疲れたと溜息をもらす。倉庫からトラックへ、トラックから倉庫へ荷物を運ぶ。こんな仕事、いつまで体が持つだろか。考えながら、それでも踏ん切りをつかないでいた。

「よお、帰るか」

 同僚が軽く声を掛けてくれた。気のいい奴で、一緒にいると楽しくなる。煙草を吹かす彼の隣を歩きながら、二人でイミヌク置き場へと向かう。イミヌクはいい乗り物だ。形はつるりとまろやかで少々女性向けだが、どんな道でもまるで滑るかのように走り抜ける。

「あれ、いっけね。今日電車で来たんだった。」

 同僚がぴしゃりと軽く頭を打つ。

「電車ぁ? そんなのもう通ってないぞ」

「しょうがねえなあ。レンタルはまだ空いてるかな」

「あの倉庫は無休だろ、そこまでなら俺が乗せてってやるよ」

「いいのか?」

「本当は家まで送りたいけど反対方向だしな」

 ありがたやありがたや。なんて言いながら、同僚は俺を拝む仕草をした。こいつのいちいち大げさな仕草は、嫌いではない。

 俺のイミヌクまで歩きだそうとした瞬間、いきなり後ろから頭を殴られた。痛い、なんて思う暇もなく俺は倒れ込む。視界の端で同僚が「がっ」と声をあげて膝をつくのを見た。そこで意識はぷっつりと途切れた。


 …………。ここは、どこだろう。ひどく頭が痛む。何か椅子のようなものに座っているようだった。足がふらふら揺れる。両隣にも人がいるのだろうか、妙な圧迫感がある。同僚は無事だろうか……。

 なかなかピントの合わない目をきょろきょろと動かす。暗い、が、明かりがついている。小さなオレンジ色の豆電球がひとつ、ふたつ、みっつと並んでぼんやりと部屋を照らしている。

 目の前にあるのは棚だった。小さないくつもの人形が座ったように陳列された棚が、右から左へずらりと並んでいる。

 ……なんだか視点がおかしい。目の前の棚は下から何段目なんだろう。視線を下におろす。頭が痛く、体の動きもぎこちないので苦労した。ぼんやりと薄明るい中でよく見えないがおおよそ四、五段くらいだろうか。座っている俺から見たらもっと下の段が目に入るはずでは? それに、よく見ると目の前の人形たちの口元が暗く湿った色に染まっている。あれはもしかして、血ではないか?

 がちゃり、鍵の開く音が聞こえる。続いて扉を開ける音。誰かが入ってきたようだ。いつまでたっても窮屈な体は、その音に怯え竦むことすらできない。

 扉を閉める音がして、誰かがこちらに向かう足音が響く。それに合わせて、部屋中に奇妙な音が響いた。機械が捻じれるような、何かが唸るような、それ向かい人形が鳴らしているのに気づくのはそう遅くはなかった。

 視界がはっきりとしてきた。目の前の人形たちは首を細かく左右に揺らしながら、涙を流している。血のあふれる口から唸り声が鳴り響く。その口に、歯は一本も見当たらない。まるで誰かに残さず引っこ抜かれているようだった。ぞっとした。そして両脇から来る圧迫感。もしかして、もしかして俺も両隣の人間も、目の前の人形と同じなのか? 人形のように小さくされて、棚に陳列されているのか?

 今すぐ棚から飛び降りて逃げたかった。だが体がそれを許さない。まるで本物の人形のように、俺の体は俺の自由にならなかった。ただ涙だけが頬をつたった。

 部屋に入ってきた誰かは男だった。髪はぼさぼさで痛みきったそれは方々に伸び、暗い色のつなぎにはさらに暗いしみがいくつもついていた。男はぶつぶつと何かを呟きながら棚の間を歩いている。俺の前まであと二、三歩といったところでこちらの棚を向いて立ち止まる。伸びきった爪をもつ汚らしい右手には小さなペンチを握っていた。

 同様に汚らしい左手で一つの人形を、いや、一人の女をわしづかみにする。俺と同じく涙を流しており、小さな呻き声をあげている。両頬を掴み無理矢理口を開けさせると、ペンチを口の奥に突っ込んだ。途端、悲鳴が上がり、ペンチが引き抜かれる。その先には小さな小さな歯が挟まっていた。男は抜いた歯を棚の奥から出した小さな瓶に入れた。もう一回、ペンチを突っ込む。歯が抜かれ、瓶に入れる。ペンチを突っ込む。歯が抜かれ、瓶に入れる。ペンチを突っ込む。歯が抜かれ、瓶に入れる。

 女はもう呻き声すら上げなかった。歯をすべて抜かれ、棚に戻される。男は次の人間にも同じことをした。来る。俺の番が来る。近づいている。男が俺に近づいて来る。嫌だ、嫌だ、いやだ!!


 俺も他の人形と同様、なすすべもなくただの人形として扱われ、歯をすべて抜かれた。隣では同僚が俺と同じ顔をして泣いていた。


  ***


2007/5/13

・どこかの会社で働いている。同僚がイミヌク(スクーターのようなもの)を忘れたから一緒にレンタルしに倉庫に行った。

・いきなり殴られて気絶した。目が覚めたら30センチくらいに縮まっていて棚に陳列されていた。向かいの棚には口まわりが血まみれの人たちが並んでいた。

・髪がボサボサの変な男が来て私の隣の人の歯を全部抜いていった。私の歯も抜かれた。

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