第2話 神社の祭り(ホラー)

 こんな夢を見た。……かなり正確。なはず。


 弟のショウヘイと共に神社への石段を上る。今日はお祭りがあるのだ。石段の両側には明るい提灯が並び、歯並びの悪い石段を迷うことなく進める。弟はにこにこと笑い、私と手を繋ぎ小さな体で石段を懸命に上っていく。その様子を見ていると知らず私も笑顔になった。

「お姉ちゃん、わたあめあるかな」

「あるよお、お祭りだもん。わたあめも焼きそばもいっぱいあるよお」

 お祭りのお囃子が聞こえてくる、石でできた鳥居もすぐそこだ。人も多くなってきた。ショウヘイの手をぐっと握りしめる。二人で駆け足になると、パパからもらった小銭入れがポケットでちゃらちゃら鳴った。

 鳥居をくぐるとそこはいつもとは全く違う世界が広がっていた。参道の両脇にいくつもの屋台が構えられていてどれも賑わっている、浴衣を着たお姉さんの帯がひらひらするのが綺麗だった。

「お姉ちゃん、わたあめ! わたあめ!」

 ショウヘイは駆け出し、手が離れる。少し焦ったがわたあめ屋はすぐそこで、おじさんが機械に棒を入れてわたあめを巻きつけるのを、ぴょんぴょん跳ねながら見ようとしていた。

「もう、勝手に離れないでよお」

 ポケットから小銭入れを取り出し、出来立てのわたあめを一つ買った。

「お姉ちゃんも食べるからね、半分こだよ」

「やだあ! 全部食べる!」

「焼きそばもたこ焼きも食べたいでしょお。ママに言われたじゃん。ほら、向こうでおいしそうな匂いがするよお」

 ショウヘイはぐずっていたが、わたあめを食べながら焼きそばの屋台へ行くころにはもう飽きたらしく、べとついて少ししぼんだわたあめを私に押し付けてきた。正直、残り物を食べるのはいやだったけれど、お姉ちゃんだから仕方がない。

 焼きそばを一つ買って、屋台の端の方に座って二人ですする。ショウヘイがにっかり笑っておいしいねえと言う。口の周りの青のりを拭ってやりながら、私も笑った。

 ふと、なにか違和感に気づく。これだけ人がいるのに、お店があるのに、やぐらで太鼓が鳴っているのに、なぜだろう、。人は笑っている。店は賑わっている。太鼓や笛の音が祭りを盛り上げる。それなのに、

 それに気づいたとたん、背筋がぞおっと寒くなる。おかしくないのにおかしい。こんな感覚は生まれて初めてだった。ショウヘイはむぐむぐと焼きそばを噛んでいる。ショウヘイは何も気づいていない。

「ショウヘイ、お姉ちゃんなんだか寒くなっちゃった。はやく帰りたいなあ」

 それを聞いたショウヘイは、思った通り目を見開いて大声をあげる。

「やだあ! まだいる! 金魚すくいしたい! もっとここにいる!」

「ショウヘイ、お姉ちゃん風邪ひいたかも。ショウヘイもちょっと前ひいたことあるでしょお。すっごく寒くって熱くって頭が痛くなるの。お姉ちゃんそれかも。おうち帰りたいなあ」

 ショウヘイはぐずっていたが前に酷い風邪をひいたのを覚えているのか、しぶしぶ頷いてくれた。

「……でもおさいせんだけ入れたい」

「うん、わかった。ありがとうショウヘイ。神社の方に行こうねえ」

 焼きそばのパックを捨て、社の方へ向かう。向かいながら、すれ違う人を観察する。そういえば友達とすれ違ったりしない。近所の友達だって、お祭りを楽しみにしていたのに。ショウヘイの手をしっかり握る。

 賽銭箱の前まで来た。ショウヘイの手に五円玉を渡し、自分も手に取る。二人でお賽銭を投げ入れ、紅白の太い綱を引っ張りまわし鈴をガラガラ言わせる。目をつむって、お願いをした。どうか無事に帰らせてください。パパとママの所に帰らせてください。ショウヘイが何を願ったかは聞かなかった。私も言わなかった。

 目を開けたとき、ショウヘイの隣に女の人が立っていることに気づいた。狐の面を上半分だけつけ、赤い袴をはいた巫女さんだ。その人はにっこり笑って話しかけてきた。

「社の中に入ってみませんか」

 賑わう境内の中で、その人の声だけが響いた。

「運が良ければ、神様に会えるかもしれませんよ」

「本当?」

 ショウヘイは目を輝かせて巫女さんの話に聞き入っていた。「お姉ちゃん、神様だって」

 さっきお賽銭を投げ入れて、願い事までしたけれど、神様なんて、会いたくなかった。それよりも一刻も早く家に帰りたかった。それでもショウヘイはさっさと巫女さんの手をとり、社の階段を上っていく。

「ショウヘイ! 待って!」

 社の扉は開き、その奥の暗い暗い空間へ、ショウヘイは入って行った。急いで追いつき、ショウヘイの服を掴む。振り返ると、扉は閉ざされていた。ただただ闇が広がっていた。

 少しすると、ショウヘイがゆっくり歩き始めた。いくら服を掴んでいてもぐいぐい進もうとするので、私もそろそろと歩き始める。そんなに大きな社じゃない。すぐ奥までついて戻るのだろうと思っていたが、いくら歩いてもどこにもなににもぶつからなかった。それほどに広い空間だっただろうか。それにしては、なんだか両脇から押しつぶされそうなほどに圧迫感を覚える。はやくここから出たい。ショウヘイに声を掛けようにも、ただ歯ががちがちなるだけで何も言えなかった。息が出来ない。怖い。怖い!

 ただこの暗闇が怖くて目を思い切り瞑った。せめて自分の作った暗闇の方がましだった。途端、瞼を通して世界が真っ赤になった。光が射したのだ。目を開ければ、私は夜の神社の境内に立っていた。ショウヘイは、服を掴んでいたはずのショウヘイはどこにもいなかった。

「しょ、ショウヘイ……。ショウヘイ!」

 祭りの屋台も、提灯も、あれほどにぎわっていた人たちも何もない。ショウヘイの名前をさけぶ。風がどうっと吹いて、木々をゆらした。木々のざわめきの中、小さな子供の声が響いた。

「ショウヘイは帰らないよ」

「ショウヘイはいないよ」

「ショウヘイは神様になったから」

「ショウヘイは神様に選ばれたから」

 また風が吹き、声が掻き消されていく。

「お姉ちゃん」

 背後からかけられた声にばっと振り向く。そこにはショウヘイがいた。けれど、なぜか狩衣を着ている。明かりのない境内の中で、ショウヘイの姿だけがはっきりと見えていた。

「ショウヘイ」

「お姉ちゃん。危ないから、途中まで送っていくね」

 そう言うとショウヘイは私の手をとり、鳥居の外へ誘う。鳥居をくぐり、暗く湿った石段を下りながらショウヘイはぽつぽつと話し始める。

「この神社の、神様がいなくなっちゃって、だから次の神様が必要で」

 その神様に、ショウヘイが選ばれたらしい。なんだか頭が追い付かない。小さな体でゆっくり、ゆっくりと石段を下りていく姿はショウヘイにしか見えなくて、でも、そう、なんだか雰囲気が。

「ここから俺は行けないから」

 いつのまにか階段の一番下まできていた。声を掛けようとした途端、もうショウヘイはどこにもいなかった。暗かったはずの石段の両脇には明かりのついた提灯が並び、神社の方からはお囃子が細く聞こえていた。

 私は走った。家まで、私とショウヘイの家まで、パパとママが待つ家まで走った。走って、走って、走って。

「あら、おかえりなさい。はやかったわね。お祭りで何かあったの?」

 家につけばママが私を迎えた。

「ママ、ママ。ショウヘイが、ショウヘイがいなくなっちゃった」

「ショウヘイ? ショウヘイってどこの家の子?」

 頭の中が真っ白になった。靴を脱ぎ、階段を駆け上がる。ママが私を呼ぶ声が聞こえた。

 私とショウヘイの部屋の扉を開く。そこにはまったく、ショウヘイのいた跡なんて何もなかったように、ただ私だけの部屋があった。

「ああああああああああ!!」

 私のものではないような叫び声が部屋に響いていた。


  ***


2007/4/21

・近所の神社でお祭りがあり、にぎやかで人がたくさんいるのに人間の気配がまったくしない。

・社の前で狐の半面を付けた女の人が「どうぞ中を通って下さい。運が良ければ神様に会えるかもしれません」と言ったら弟がおもしろそうだからと中に入っていった。

・中は何も見えないほど真っ暗で弟の服の端を掴んで進んだ。

・とても広く感じるのに両側に壁があるみたいに息苦しい。

・怖くなって目を閉じたら急に明るくなった。気がついたらいつもの神社で、服を掴んでいたはずの弟はいなくなっていた。

・弟を探そうとすると大勢の子供の声が「(弟)は帰らないよ」「(弟)はいないよ」「(弟)は神様になったから」「(弟)は神様に選ばれたから」と言った。

・右の方に狩衣を着た弟がいて「危ないから途中まで送っていく」と言って手を引いた。

・弟が言うには神様がいなくなったから次の神様が必要で、弟はそれに選ばれたらしい。

・階段の下で「ここから俺は行けないから」と言って消えた。

・家に帰るとだれも弟のことを覚えていなかった。

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