夢日記物語

猫塚 喜弥斗

第1話 ゴブリンの図書館

 こんな夢を見た。……見た。多分。


 月の出ぬ森の中、目の前を歩くゴブリンの後を必死について行く。私の半分ほどの背丈のくせに、こんなに暗い、夜道と呼ぶことすらはばかる森の中を彼は迷うことなくするすると歩いていく。

 私は木の根に足をとられ、土になりつつある湿った落ち葉を滑り、目の前のゴブリンを追うことに必死である。もうどこから来たのか、どんな道をたどったのか、何も分からなくなっていた。

 ふと気がつくと、広場に出た。広場にはいくつもの十字架と石棺が並び、もう誰も来ないのか蔓草に覆われたものも多かった。遥か頭上でちらちら瞬く星明りの元、私は静かに十字を切った。

『なにをしている。はやく来い』

 頭の中に声が響く。これはゴブリンたちが使うテレパシーだ。彼らは人語を解さないがこうして脳に思念を飛ばし、我々人類とのコミュニケーションを図るのだ。逆に私たちの言葉は頭に伝わってくるのだそうだ。

 彼の声に促され、私は石棺の合間を縫うように歩く。やっと彼の姿が見えると、遅いとでも言うように睨まれる。

「すまない、夜道に慣れてなくて」

『お前が来たいと言ったんだ。はやくしないと夜が明けたら困る』

 眉間にしわを寄せながら、彼はひとつの石棺の蓋をずらす。私も慌てて手伝う。ひどく重い。もとより、私たちより力の強いゴブリンならば、結局手を貸さなくても同じことだったろうが。

 半ばまでずらすと、ちいさく星明りに照らされて、階段があることに気がついた。ずっと地下へと続く階段。奥底から風が流れるのを感じた。

『先に降りろ。蓋を閉める』

 慌てて棺をまたぎ、階段を踏みしめる。そこは乾いていて、森の中よりずっと歩きやすい。暗い中、壁に手をつき降り始めると、背後で彼が蓋を閉めるごりごりとした音が響いた。もうわずかな星明りも届かない、完全な暗闇。そろりそろりと歩く私を急かすことなく、追い越せるほどの広さもないので、彼は後ろから私に合わせゆっくりとついてくる。ゴブリンたちは日の光に弱いから、森の中では散々急かされ歩きまわされたが……。彼らもゆっくり歩くということができたのか。

 ふと、階段の輪郭が見えることに気がついた。階下で何かが光っている。

「なあ、なにか光ってないか? 日の光じゃないだろうな」

『我々の住処にそんなものを許すわけないだろう。しかし我々も真の暗闇では何も見えないし、憐れにもあの光を望む者もいる』

「君たちの……魔法ってやつかい?」

『好きに呼べばいい』

 階段を一つ下りるごとに明かりは少しずつ強くなっていく。もう昼間と遜色そんしょくない、温かな光だった。

 降り立ったのは明るく広い空間だった。墓場の広場なんてほんの猫の額程度のものに思える、広い広い世界だった。

 まず目につくのは樹木だ。数多くの樹木が明かりの降り注ぐ天井めがけて枝葉を伸ばし、幹は太く頑丈で今まで生きてきた年月を物語る。枝葉の間には板が敷かれており、ゴブリンたちはそこに住んでいるようだった。樹木の周りを除いた地面には煉瓦れんがが敷かれ歩きやすい。ところどころ盛り上がった場所があるかと思えばそれは橋で、色とりどりのタイルで舗装された水路を澄みきった水が流れていた。遠くにはほっそりとした滝がいくつも流れ落ち、美しい虹を描いていた。

「これは……すごいな、想像以上だ。天井の明かりは……どうなっているんだ?光源が見当たらない」

『壁自体が光るように作られている。日の明かりから我らを害するを取り除いたものらしい。大昔の技術だ、いまは失われつつある。明かりもずいぶん小さくなった』

「それが失われないために……ここがそうなんだろう。“ゴブリンの図書館”に、その技術が書かれた本があるはずなんだ」

 見渡す限りの大木たち、その隙間を縫うように四角い壁が乱立している。茶色くすべすべとしたそれは本棚だった。道の隅に、木の上に、滝の向こうに、あちらこちらにそびえ立つ図書の棚、棚、棚。これが私の求めていた場所だ。古い魔法の眠る場所、いまの人間には不必要となった神秘の隠れ家。

『お前は魔法を手にいれる。その代わりに我々の明かりの秘密を探し出す。さあ始めろ』

 言われなくとも、私は手近な本棚に近づき左上の一冊を手に取る。そこで、重要なことに気がついた。

「私は古ゴブリン語が読めない」

『……』

 彼らは技術とともに古い言語も失ったらしい。


  ***


2007/4/1

・西洋の墓石の下にゴブリン(小鬼?)の図書館。大木や川(湖)もある。

・ゴブリンたちは太陽の光に当たると力が弱くなる。

・話は通じるが言葉は喋らずテレパシーのような感じ。

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