第14話

 昼食を終えて六層に帰還。


 袋一杯の羽毛をもって帰ることができた。これだけあればベッドも掛け布団も作ることができるだろう。


 ただひとつ問題なのは、俺は裁縫ができないってことだ。


「あのさ、サキ。ちょっと頼みがあるんだけど」

「裁縫なら任せてちょーだいな」

「いいのか?」

「いいわよ。もともと好きだし。暇すぎて最近じゃぬいぐるみでも作ろうかなって思ってたところだし」


 サキにはお世話になりっぱなしだ。


「ほんとにありがとな。俺、サキがいてくれてよかった」

「うぇ!? あ、そ、そう!?」


 彼女の妙に過剰な反応にピンときた。

  

「もしかして、頼られるのが嬉しいのか?」

「ああ、うん。頼られるっていうか、誰かに必要とされるのが嬉しいというか……」


 頬を搔きながら恥ずかしそうに彼女は答えた。


「なら、俺がいる意味も少しはあるのかな」

「いやでも頼られっぱなしは普通に迷惑だからはやく自立してね」

「あ、はい。すません」


 二人でぷっ、と噴き出し笑いあう。


 こういう日常も悪くない。


 そう思っていると、枯れ木の森の向こうから変な臭いが漂ってきた。


「なんだこの臭い? なんか、焦げ臭いような」

「まさか……ゴン太!」


 サキが走り出し、俺も後に続いた。


 臭いが強くなるにつれて胸騒ぎがし始めた。


 焦げ臭いということはなにかが燃えているってことだ。火と言えば、真っ先に思いつくのはゴン太のブレス。

 

 まさかサキの小屋の近くでなにかがあったのだろうか。


 俺の予想は枯れ木の森を抜けると同時に確信に変わった。


「クゥゥ……」


 小屋の前で、傷だらけのゴン太が地面に倒れていた。


 周囲の地面は抉れており、残り火がちらついて先頭の激しさを物語っている。


 ゴン太の上には奇妙な装備の短髪の男が座っている。周囲にも二人確認できた。 


「ゴン太!」

「まてサキ!」


 ゴン太に駆け寄ろうとしたサキの肩を掴んで引き留める。


 明らかに危険な奴らだ。ゴン太を倒せるってことは、少なくとも人間だったころの俺よりずっと強い。


「魔物を二体発見。これより殲滅する」


 俺たちに気づいたのかゴン太の上に座っていた男が飛び降りた。


「なんだよお前たち! ここに何しに来た!」

「聞き間違いかと思ったが貴様日本語がしゃべれるのか?」

「だったらなんだよ!」

「ならば聞くが、ここに天野真人という人間はこなかったか?」


 見知らぬ男の口から俺の名前が出て戸惑った。


 こいつら、俺を探してるのか。いったいなぜ。


 正直に答えるべきか迷ったが、奴らの一人。風船ガムを膨らませている女が花壇を踏んづけていることに気づいてやめた。


 こいつらは悪人だ。悪人じゃなかったとしても気に入らない。


 ぶっとばす。


「そんな奴は知らない。それよりお前」

「は? あたし?」

「そこからどけよ。そこは花壇だぞ」

「はぁー? なにいってんのあんた。化物のくせに!」


 風船ガムの女はげしげしと花を踏みにじった。


 ああ、もう完全にキレた。


 頭に血が上って自分じゃどうしようもないくらい怒りがこみあげてきているのがわかる。


「それが答えか。よし、わかった。サキ、もっててくれ」


 サキに革袋を預けると、彼女はすぐに俺の手首を掴んだ。


「待って! ここは……」

「大丈夫」

「でも」

「大丈夫だ」


 精一杯の笑顔を向けると、サキはゆっくりと手を離した。


 リーダーらしき男に歩み寄る。五メートルほど離れたところで男が刀を抜いた。


「止まれ。それ以上近づけば殺す」

「やれるものなら」


 俺は構わず歩いていく。


「あーあ、あいつ死んだわ」


 風船ガムの女が呆れた様子でいった。


「どのみち魔物だ。殺すしかない」


 腕に包帯を巻いた男がくつくつと笑う。 


 嘲るような視線の中、俺たちの距離は縮んでいく。


 四メートル。三メートル。二メートルに差し掛かったところで一足一刀の間合いに入ったのか、男は刀を振り上げて切りかかってきた。


「キエエエエエエエエエエ!」


 振り下ろされる刃を半身になって躱す。


 切り取られた数ミリほどの前髪が湿地帯の湿った空気に流される。


 俺は拳を固め、男のこめかみに叩きつけた。


「ぐええええええええええ!」


 男はゴム人形のように吹き飛び、枯れ木に背中を強打。ゴミ屑のように地面に落ちると、それっきり動かなくなった。


「……嘘」


 風船ガムの女の口から膨らませたガムがぽろりと落ちる。


「次はお前だ」


 俺は指さすと、女は腰に備えた双剣に手をかけた。


 遅い。


 俺は全力で地面を蹴って女に接近し、顔面を掴んで包帯の男に投げつけた。


「きゃあああ!」

「ぐはぁ!?」


 これで敷地内の敵は処理できた。


 だが、まだだ。わかるぞ。気配を感じる。


 背後から殺気の塊が近づいてくるのを察知して、俺は剣を抜いた。


 振り返りざまに迫りくる弾丸を切り伏せる。


 遠くにスコープの光が見えた。距離にして三百メートルってところか。


「クイック」


 俺は敏捷をあげて残像を残したまま狙撃手の背後に回り込んだ。


 女はまだスコープを覗いている。


「そいつは残像だ」

「なっ!」


 女がスコープから目を離した瞬間、首を掴んで枯れ木に押し付ける。

 

「帰れ」

「うっ……」

「帰るなら二回うなづけ。それ以外なら殺す」


 女の恐怖に歪んだ目に、俺の姿が映りこむ。


 まるで鬼だ。黒い影の鬼。


 素足に生暖かいなにかが触れて下を見ると、女は失禁していた。


「あっ、うっ……ううっ……」


 二回うなづいたので解放してやる。


 女はすぐにうずくまってせき込んだ。


 これで大人しく帰るだろうか。


 そう思っていると、女はいまだ好戦的な瞳で俺を睨み上げてきた。


 眉間がちりつくような感覚がして、とっさに後頭部を掴んで自身がもらした尿に顔面をこすりつけさせてやる。


 中途半端は駄目だ。じゃないとまた来る。今回は怪我だけですませることができたけど、次もそうなるとは限らない。


 罪悪感で苦しくなるも、俺は地面から顔を上げようとする女の顔を押し付ける。


「二度とここにはくるな。仲間を連れて帰れ」

「わ、わかりました……だから、もう許し……」

「……本当にわかったのか? まだ足りないんじゃないか?」


 ぎりぎりと後頭部を掴む手に力を入れた。


「ぎゃあああああ! わ、割れる! 割れちゃうからやめてぇ!」


 クソ、どのくらい追い詰めればいいのかわからない。

 

 力の加減も難しいし、そろそろ解放するべきなのか。


 いやでも、恐怖心を植え付けないと駄目なはずだ。


 かといって殺すのはもっと駄目だ。どうする。どこまで追い詰める。


 頭の中で思考が迷子になっていると、誰かが俺の腕を掴んだ。


「もうやめてあげて。この人、死んじゃう」

「サキ……」


 サキに止められて、俺はようやく力を緩めることができた。


「ひっ、ひいいいいあああああああ! 魔王! 魔王よ!」


 狙撃手の女は自分の武器ももたずに走り出した。


 しばらくして小屋の近くで青い光が見えた。転移装置を使ったようだ。


「やりすぎよ」

「ごめん、俺、わからなくて……どのくらいやればいいのかわからなくて……」


 自分の手を見ると、震えていた。


 俺は危うく人を殺しそうになったんだ。


 この手で。


 魔物としての生き方に慣れてきていたけど、それだけはやっちゃ駄目だってわかってるのに。


 俺は拳を握りしめ、自分自身を殴ろうとしたその時。


 サキに抱きしめられた。


「自分を責めないで。しかたがないことよ」

「でも、俺……」

「わたしのために怒ってくれたんでしょ? それが悪いことのはずないじゃない」

「サキ……」


 目の前の景色が滲んでいく。


 鼻の奥が熱くて痛い。


 俺はサキの腕の中で、泣いた。

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