第13話

 翌朝になりゴン太の腹の上で目を覚ました。


 目覚めは最悪だ。自分が皿の上にいてゴン太に食われる夢を見た。


「大丈夫?」


 一足早く起きていたサキがハーブティーの入ったコップを差し出してくれた。


「ああ、なんとか。……ぷはっ」


 暖かいハーブティーを飲んだら頭が冴えてきた。


「今日はいけそう?」

「ああ。ベッドが恋しくてたまらないからな」


 俺がそういうとサキは「そ」といって笑った。


 俺たちが向かったのは五層の森だ。


「まちなさーい!」


 木々の間を飛びながら極彩色の鳥型魔物、ホウオウチョウを追いかけるサキ。


 ただ追いかけているように見えて、魔法弾をつかって方向を修正していく。


 俺は小高い木の枝の上で待ち伏せだ。


「来たか」


 虹色の光りがぐんぐん近づいてくる。


 ぐんぐん、ぐんぐん。


 いやちょっとまて、


「デカくね?」


 ホウオウチョウはゴン太にも引けを取らないサイズだった。


 密集した木々の間を飛ぶにはいささか大きすぎると思ったが、不思議なことにホウオウチョウの体は障害物をすり抜けているようだ。


「頭を狙って!」


 サキの声を頼りに狙いを定める。


 ホウオウチョウが頭上を通り過ぎるタイミングにあわせ、剣を振り下ろした。


「ギャッ!?」


 真っ二つに切り裂かれるホウオウチョウ。ばらばらと羽が抜け落ちて地面に落下した。


 ひらひらと左右に揺れながら舞い落ちてきた羽をつまむ。


「すごいふわふわな羽だ。まるで重さを感じない」

「だって実体がないんだもの。幻覚の羽よこれ」

「幻覚の羽?」


 近づいて見ると、ホウオウチョウの本体は小さな小鳥だった。頭の部分に本体がいて、あとは魔力で作った偽りの羽。


 それでも絶命時に羽を実体化していれば入手可能だったらしい。


 存在しない羽ではあるのだが、ちゃんと暖かいそうだ。


 重さを感じないので革袋一杯に詰め込んだ。


「ん」


 サキが右手をあげた。すぐに察しがついて、俺は彼女とハイタッチした。


「さて、これで欲しいものは手に入ったし、もう帰るか?」

「お腹空いたしお昼にしない? グレイト・ボアは美味しいわよ」


 猪型の魔物か。


 たしかに魔物になって味覚も変わったことだし、いろいろ味わってみるのも面白いかもしれない。


「いいね。そうしよう。せっかく魔物になったんだ。いろいろ食べてみたい」

「お、いいわね。楽しんでいきましょ。楽しんでね」


 楽しむ、か。


 もし俺が楽しそうに見えるなら、それはきっとサキとゴン太のおかげだな。


「ゴン太にもお土産もってかえろうな」

「ふふ、そうね。たくさんとりましょうね」


 眠くなったら眠って、お腹が空いたら狩りをして、暇ならサキとおしゃべりする。


 余計なしがらみも規則もない、純粋に生きるためだけの生活。


 大変ではないといえば嘘になるけど、気持ちは楽だ。


 魔物としての暮らしも悪くない。


 俺はそう思い始めていた。



※  ※  ※



 真人とサキが五層で羽毛集めに精を出しているころ。


「こちらチーム凍傷フロストバイト。六層に到着した。いいかお前たち、周囲の警戒を怠るな」


 四人の強化兵士グレイト・ソルジャーが六層に到達した。


 彼らは全身に機械装甲パワード・スーツを着込み、様々な武器を持っている。


 一人一人が名のある探索者で国籍も多様である。


「わかってますよリーダー」


 巨大な槍を背負っている男はグレゴリー・チャン。中国系アメリカ人で元軍人。とある作戦行動中、敵に鹵獲されたが関節を外して拘束を解き脱出。木材をナイフで削って作った即席の槍を作り、一夜にして二十八名の命を奪った。


「問題ありません……」


 狙撃銃を携えている女性はルサールカ・ステロビッチ。かつてはロシア政府のもとで対テロリスト部隊の一員として働いていた。とある政府要人誘拐立てこもり事件を担当した際には、回転する換気扇の隙間を通過させて犯人の頭を打ち抜く神業を披露したことが公式記録に記されている。深紅の雪の異名を持つロシア一の射撃手だ。


「きひひ、わたしたちが裏をかかれるなんてヘマするとおもってんのぉ?」


 双剣を腰に携えているのはジャック・ザ・リッパーの生まれ変わりと囁かれるロンドンの殺し屋、ジェーン。本名は不明。年齢も不明。あらゆる過去が存在しない彼女のゆいいつの記録は、七人の女性の内臓を自宅に持ち帰っていたことだけだ。死刑囚だったが、その戦闘力の高さを買われて現在はイギリスの非公式部隊に所属している。


「警戒するにこしたことはない。……行くぞ」


 恐るべき戦闘力を有する彼らを束ねるのがリーダーの本郷忠勝。剣術道場に産まれた彼は幼い頃から父に剣の理合の全てを教わり、そして越えた。目にも止まらぬ剣速と正確無比な太刀筋はいまなお生ける伝説として語り継がれており、全日本剣術連盟によって銅像まで作られている。名実ともに日本一の剣士だ。


 彼らは六層の湿地帯を進んでいく。


 やがて先頭を歩いていたチャンが片手をあげて止まった。


「どうした?」

「リーダー。みてください、あれ」


 チャンの視線の先には一軒の小屋が建っていた。


 その手前には色とりどりの花が咲いている。


「明らかに人が住んでいる形跡がありますね……綺麗だわ……」


 ルサールカが花壇を調べながら言った。


「はっ、人じゃなくてなにか。もっというと化物だろ。それになんなのあんた。いい歳してお花が趣味なの?」

 

 ジェーンが馬鹿にするような態度に、ルサールカは彼女を睨みつける。


 ジェーンは風船ガムを膨らませて視線をやり過ごした。


「やめろお前たち。……ここを調べるぞ」

「どのくらい調べます?」

「屋根裏から花壇の土の下まで徹底的にだ。チャンとジェーンは小屋の周りを調べろ。ルサールカは身を隠せる場所から監視。俺は小屋の中を調べる。行動開始!」


 本郷が花壇の花を踏みにじり、そう宣言した。


 隊員たちは声を揃えて了承し、各々動き出す。


 本郷が屋内に足を踏み入れ、テーブルの上に放置された木のカップを掴み、匂いを嗅いだ。


「なんらかのハーブ。茶を入れるだけの知能があるということか。それにまだ暖かいな……」


 本郷がカップの残ったハーブティーを床に捨てる。


 すると窓に黒い影が映りこんだ。


「うわあああああああ!」


 チャンの悲鳴が聞こえ、本郷は慌てて外に飛び出した。


「なんだ!?」

「うぐ……りゅ、竜です!」


 腕を切り裂かれたのか、チャンが地面の上で芋虫のようにはいずりながら叫んだ。


「グルル……ギャオオオオオオオオオオオオ!」


 小屋が震えるほどの咆哮が鼓膜に叩きつけられる。


 黒竜は瀕死のチャンに爪を振りかざした。


 けれどその爪がチャンを切り裂く前に銃声が鳴り響き、黒竜の爪が弾かれた。


「おいおいおい、ちょっちこれやばいんじゃないのリーダー!」

「た、助けてくれ!」

「はやく逃げてください!」

「案ずるな!」


 本郷の一喝によって、狼狽えていた隊員たちから焦りが消えた。


「しょせんはデカいトカゲだ。ようやく切りがいのある獲物と出会えたことに感謝しよう」


 本郷が腰に携えた刀を抜き、顔の前で横向きに構えた。


 抜き身の刃に映ったのは、獰猛で邪悪な笑みだった。   

  


※  ※  ※


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