第4話

※  ※  ※


 ウィザ・フットバーグがギルドに帰還すると、彼女はすぐに病院に搬送された。


 幸い目立った外傷はなく、真人につき飛ばされたときに腕を擦りむいたくらいだった。それでも精神的なショックが大きく、彼女は入院する運びとなった。


 病室の窓の外には、大きな入道雲が水平線の向こうに浮かんでいる。


 空の青、雲の白、海の青。そして眼下に広がる白い町。


 ここ数年の都市開発によって古い町が取り壊され、真新しい町が上塗りされた。駅の近くに立っているアクトタワーだけが時代に取り残されたようにそびえている。


 そんなどこか浮き上がって見える町の中央に一際存在感を放つ白い塔が立っている。ダンジョンだ。


 外周は東京ドーム六個分。高さはおよそ四百メートル。煌びやかなビル群も、ダンジョンの存在感の前ではさながら大木の根元に生えた雑草だ。


 静岡の地方都市でありながらまるで大都市のように高層建造物ビルディングが乱立しているのは、突如日本にだけ出現したダンジョンのおかげ。この町や、この国の発展は、日本が潤っている証なのである。


 ダンジョン内で手に入る貴重な鉱石や素材を各国が求めている。俗にいうダンジョン経済と呼ばれるものだ。ダンジョンで一攫千金を狙うべく海外から日本に訪れる者も大勢いる。ウィザもその一人だ。


 活気に満ちた人々がひしめく町を眺めても、彼女の瞳には、なにもかもが味気なく映っていた。


「真人さん……ぐすっ」


 綺麗な景色を見るのが辛くて、彼女はベッドサイドテーブルの端末を手繰り寄せた。


 ここ数日たまりにたまったコメントに目を通していく。


 六層での出来事は世界中に発信されており、彼女のチャンネルには同情の声が多数寄せられていた。


 それでも、たとえどんなに多くの人に慰められても、パパやママや、友人たちに優しくされても、彼女は胸にぽっかりと穴が空いた様な感覚がぬぐえない。


 唯一の救いは、世界中の人々が真人の勇ましい姿を称賛してくれたこと。


 自分が同情されるよりもずっと嬉しかった。


”かっこよすぎるぜ真人”

”真の英雄”

”このたびはお悔みを申し上げます”

”俺たちで語り継いでいこう”

”真人こそ現代の勇者だ!


 真人の名を見るたびに胸が痛む。


 涙が込み上げてくる。


 ウィザはコメントのページを閉じてギャラリーを開く。


 そこには二人で撮影した写真がたくさん保存されていた。


 モニタに触れるも、伝わってくるのは硬質な手触りだけ。


 あの犬のように固い黒髪も、ごつごつした手にも、もう触れることはできない。


 喪失感が込み上げてくるなか、部屋にノックの音が転がった。


「失礼します。ウィザ・フットバーグさんの病室でお間違いないでしょうか」


 入ってきたのは黒いスーツの男と、坊主頭に傷が入った軍服の男。


 二人の男たちから発せられる物々しい雰囲気に、ウィザは体を強張らせた。


「どなたですか?」

「わたしは防衛省巨塔対策監視局の三上。こちらは自衛隊の横山三佐です」


 三上に紹介された横山は「どうも」といって握手を求めてきた。


 ウィザは戸惑いながらもその手を握り返す。


「浜松自衛隊基地所属の横山です。この度は大変な思いをされて心中をお察しいたします。あとは俺たちに任せてくれ」


 脛に傷がありそうな風貌に反して、横山はとても紳士的で、ウィザはほっとした。


「任せるって……?」


 ウィザの瞳が疑問で揺れると、三上が眼鏡のブリッジを押しあげた。


「その件についてはわたしからお話ししましょう。ウィザさん。あなたの動画、拝見させていただきました」

「そう……ですか……」


 なんの動画か、などと聞く必要はない。


 よもや魔物を料理してみました動画や真人をおちょくってみました動画をみたわけではないことくらい彼女にも理解できた。


「そう落ち込まないでください。今日はあなたにとって良いニュースを届けに来たのです」

「良いニュース、ですか?」

「はい。実はわれわれ防衛省と自衛隊が協力して真人さんの救助に向かう特別チームを編成することになりました」

「え!? それって、オフィシャルの支援を受けられるってことですか!?」


 基本的にダンジョンで起きた事件や事故は個人の責任だ。

 

 多くの民間企業がダンジョン保険なるサービスを提供しているが、国は探索者に対してこれといった援助を行っていない。


 国の一大事事業として公務員的探索者オフィシャルが派遣されることはあっても、それはあくまでも特例公務だ。


 消防や警察ですらダンジョンには救助に向かわない。ダンジョンの中で殺人事件があっても強姦事件があっても彼らは出動しない。


 ダンジョンは日本であって日本ではない。完全なる治外法権だ。


「天野真人さん。彼の勇気ある行動はいまや世界中で英雄視されています。国としても、彼のような人を見捨てるわけにはいかないと考えたようです」

「アメリカの大統領が直々に日本にきて救助要請をしたそうだぜ」


 なぜか得意気になる横山の笑顔を見て、ウィザもつられて頬が緩んだ。


 真人を助けるために国が動いてくれる。


 これほど心強いことはない。


 彼女は重苦しかった胸が少しだけ軽くなったような気がした。



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