第3話

「真人さん! 急いで!」


 ウィザは俺の脇を駆け抜けていく。


「まてウィザ!」


 俺が声をかけるも、ウィザは前方に続く道を走っていく。


 その時、ようやく気づいた。悪魔の石造の顔が、彼女を追っていることに。


「ウィザ!」

 

 俺が叫ぶと、ウィザは道の中央で立ち止まった。


 悪魔の石造の目が赤く輝く。まずい。


「クイック!」


 俺は考える間もなく自身に敏捷強化魔法をかけ、ウィザに突進。彼女をつき飛ばした直後、悪魔の石造の口から赤紫色のガスが噴き出し俺の体を包み込んだ。


「ぐあああああああああああ!」

「真人さん!?」


 つき飛ばされたウィザが慌てた様子で起き上がり、駆け寄ってくる。


「来るな!」


 俺の声でウィザはガスの手前で立ち止まった。そうだ。それでいい。

 

 体中が灼けるように熱い。血が沸騰しているみたいだ。腕をみると、血管が異様なまでに浮き上がっていた。


「真人さん! しっかりしてください! 真人さん!」


 ウィザの声が、まるで水中のようにぼやけて聞こえる。


 視界が二重にも三重にも歪んで見える。


 俺は死ぬのだろうか。


 漠然とした死の予感を感じていると、地面が微かに振動するのを感じた。


「ああ……そんな……」


 歪んだ景色の中でウィザが呆然としているのが見えた。


 たぶん、俺の後ろにさっきの黒竜が来ているのだろう。


「ウィザ……! 逃げろ……!」


 声を出すのも辛い。喉が灼け呼吸するだけで激痛が走る。掠れ過ぎて、自分の声ではないみたいだ。


「いやです! 真人さんを置いていくなんて! そんなのいや!」


 意識も半ば手放しかけている状態だったが、俺は自分のやるべきことを理解した。 


 ウィザに向かって手を伸ばす。


「ウィ……ザ……」

「真人さん!」


 ウィザも俺に手を伸ばした。


 俺はその手を掴むことなく、人差し指を彼女の腰にぶら下がっている転移装置に向けた。


 指先から小さな火の玉を放ち、転移装置を貫く。


 すると転移装置から溢れた青い光の粒子が、ウィザの体を包み込んだ。


「そんな!? どうして!?」


 君をここから逃がすこと。それが今の俺がすべき最重要任務。


 俺は剣を抜いて振り返る。


 悪魔の石造の道を、黒竜が悠然と歩いている。


 きっとこの光景はいい絵になってるだろうな、なんてふと思った。だからカメラがあると嫌なんだ。意識しちゃうから。


「さよなら」


 背中越しに彼女にそう伝える。


 君と冒険ができて楽しかった。


 六層までたどり着けたのも君のおかげだ。


 それと、たくさんの思い出をありがとう。


「真人さん! 真人さん! いやぁ! いやあああ----!」


 ウィザの絶叫が消えた。


 転移が完了したようだ。


 よかった。


 ならあとは、せめてかっこよく死ぬだけだ。


「うおおおおおおお!」


 最後の力をふり絞って黒竜に切りかかる。


 黒竜は裂けんばかりに口を開いた。


 喉の奥が赤く光っている。


「ギャオオオオオオオオオオ!」


 迫りくる紅蓮の炎が身を焦がす。


 俺の意志に反して筋肉が収縮し、地面に両膝をついた。


 まるで極寒の雪山にいるような寒さを感じる。全身の神経がいかれたのかもしれない。


 黒竜がすぐそばで立ち止まり、剣山のような牙が並んだ口を開いた。


 目を閉じようと思ったが、瞼が溶けて閉じられなかった。


 にじり寄る恐怖と絶望を前に、ただ耐えるしかなかった。


 焼けてろくに動かなかくなった手を懸命に動かし、首に下げたネックレスを握る。


 額に当てて、俺は祈った。


 来世はもっと強くなれますように、と。


「ギャオオオオオオオオ!」


 黒竜が俺に食らいつこうと迫ってきた。


 ああ、これで終わりか。あっけないもんだな、人生ってやつは。


 完全に諦めたその時、黒竜の動きが止まった。


「な……に……?」


 だれかが俺と黒竜の間に立っている。あれは、女、だろうか。


 赤いショートヘアーで、頭には二本の巻き角が生えている。


 下着みたいな黒い服を着ており、黒竜に向かって手のひらを向けている。


「さがりなさい、ゴン太」


 彼女が一言そう告げると、黒竜は「きゅうぅ」と情けない声を喉の奥から発して首をひっこめた。


「なに……が……」


 なにが起きたんだろう。


 事実を確認する猶予もなく、俺の意識は暗闇に沈んだ。

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