第5話

 目を開くと、知らない天井が見えた。


 雑に板を張り合わせただけの天井だ。これじゃ雨漏りが酷いだろうな。


 ベッドに寝たまま顔を横に向けると、俺の剣が壁に立てかけられていた。


 ここはどこなんだろう。家、というより小屋だろうか。


「うっ……」


 上半身を起き上がらせると、体中に痛みが走った。


 思わず胸を抑えると、全身に白い包帯が巻かれていることに気がついた。

 

 誰かが助けてくれたのだろうか。あの状況からどうやって。


 意識を失う前の記憶がおぼろげでよく思い出せない。


 ウィザを逃がして、黒竜に襲われて、それからどうなったんだっけ。


「目が覚めたのね」


 曖昧な記憶を探っていると、女の声が聞こえた。


 見ると小屋の入口に赤い髪の女が立っていた。


 女。たしかに女だ。でも、人間じゃない。


 額から後頭部に向かって黄色い二本の角がねじるように伸びている。


 それによく見ると、背中から蝙蝠のような小さな翼が生えているし、尻には先端がハート型になった尻尾もある。


 どう見ても人間じゃない。こいつは、魔物だ。


「だれだ」

「さあ、だれかしら。だれだと思う?」


 質問に質問で返され言葉に詰まる。


 しばらくして女はくすりと笑った。


「冗談よ。わたしはサキ。あなたの命の恩人よ」

「魔物……なのか?」

「まぁそうね。魔物よ。サキュバス」

「サキュ……バス……?」


 確かに女型の魔物と言えばサキュバスやメデューサがメジャーなところだ。


 胸と腰回りだけを覆い隠した妙に露出度の高い衣装もサキュバスっぽいといえばサキュバスっぽい。


 だが、胸のサイズが慎ましすぎて俺の想像するサキュバス像とかけ離れている。


「ねえ、なんか失礼なこと考えてない?」

「なに!? まさか思考が読めるのか!?」

「……サイテー」


 サキと名乗ったサキュバスは不満気に口を尖らせた。感情もあるみたいだ。


「……なにが狙いなんだ?」


 言葉を理解するほど知能が高い魔物と遭遇したのは初めてだ。


 敵意がないように見えるが、信用はできない。


「別に狙いなんかないわよ。ただの暇つぶし。もしくはペットが変なものを食べてお腹をこわさないようにしなきゃいけないっていう飼い主の務めかも?」

「ペット? ペットって、まさか」

「そ。あの黒竜。ゴン太って名前なのよ」


 あの竜がペットだと。この魔物、そんなに高レベルな個体なのか。


 危険だ。この場にいてはなにをされるかわからない。なんとかここから脱出しないと。


「喉乾いたでしょ。いまお水いれてあげる」


 サキが部屋の隅に置いてあった水瓶に近づいた隙に、俺はベッドから跳ね起きて剣を掴む。


 そのまま彼女の首筋に刃をあてがった。


「ふーん、命の恩人にそんなことするんだ」

「助けてもらったことには感謝する。だが魔物は信用できない」

「あっそ。で、どうするの? ここは法律なんかない無法地帯。まさかわたしをエロ同人みたいに……」


 わざとらしく尻を振るサキ。


 一瞬、視線が誘導されそうになったがぐっと堪えた。


「するか馬鹿! ……いいか、そのまま壁を見てろ」


 ベッドのシーツを掴んで体に巻き付ける。いまはボロボロのズボンしか履いておらず、上半身は裸だったが、これで多少は寒さも和らぐだろう。


「一つアドバイスなんだけど、ダンジョンの外にはいかない方がいいわよ。死んじゃうから」

「どういう意味だ?」


 まさか、呪いかなにかを俺にかけているのだろうか。


「教えなーい。出ていくなら早く出てってよ」


 おそらくはったりだろう。俺の体に呪いらしきものの兆候はみられない。体はボロボロだが、魔力は普段以上に漲っているくらいだ。


 ゆっくりと小屋の外に出る。完全に出てから小屋の扉を閉めた。


 すぐにでも帰りたいが、俺のポータルは黒竜のブレスで焼かれてしまった。


 転移発動中に攻撃を受けると転移粒子が霧散してしまうから、どうやったってかき集めることなんかできない。


 自力で帰るしかなさそうだ。


「まずは水の確保から、だな」


 俺は宛もなく歩き出した。



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