第16話 ローザの準備
屋敷に戻ってから数日後、ローザから大切な話があると言って呼ばれた。
「リリィ、あなたをわたしの正式な養女として迎えようと思っています。もちろん、あなたさえ良ければですが。」
「わたしを、ですか?」
「この返事はとても急いでいます。考える時間をあげることはでき…」
自分でも驚いたことに、無意識にローザに抱きついていた。
「嬉しいです!とてもとても。ありがとうございます!」
この世界で、何者でもないわたしに家族ができる。
「甘えてばかりはいられませんよ。急いでいろいろマナーを覚えてもらわなくていけませんから。」
そう言いながらも、ローザは優しくわたしの頭をなでた。
「あなたなら大丈夫です。」
ローザは小さくつぶやいた。
あの日以来、スザークの顔は見ていなかった。
蜻蛉のことを王の元へ報告に行ったきり、スザークはこの屋敷に帰ってきていないのだ。
けれどもそのことを考える暇などないくらい毎日が慌ただしく過ぎて行った。
ローザの細かいマナーまで徹底的に、急いで教え込もうとするので、夜には疲れ切ってすぐに眠ってしまっていた。
一度だけ、スザークの話になった。
「スザーク様とアルル様はご兄妹でいらっしゃるんですね。」
わたしが言うとローザは驚いて、
「それは、ほんのひと握りの者たちしか知らない秘密なんですけれど。誰から聞いたのですか?」
と言った。
「アルル様がおっしゃっていました。」
「アルル様が…」
それ以上ローザが話を続ける気がなさそうに思えたので、話はそこで終わった。
本当は、スザークがどうしているのか聞きたかったのだけれど…
養女の話が出てから、ローザは長い時間屋敷を留守にすることが多くなり、日用品を届けてくれるベルタとのやり取りは自然とわたしの仕事になっていた。
「旅に出てらした第一王子が戻られたっていうんでね、まぁ身分が高い人たちは大騒ぎですよ。娘をこぞって第一王子のお妃にしたいって毎日のようにおしかけてるってんだから。あたしらには関係ない話ですけどね、。」
ベルタは商品と伝票を確認しながら話し続けた。
「そうそう、一昨日お芝居をね、城下町に見に行った時に、ローザさんを見かけた気がするんだけど。」
ローザが城下町に?
「でもちらりと見ただけだったから見間違いかもね。それより!」
そう言うと、ベルタはエプロンのポケットから大事そうに芝居のチラシを出して見せた。
「これこれ。これを観に行ったのよ。王子様と身分の違う女の人が恋に落ちて、『そんなどこの馬の骨ともわからない者を王子の妃になど迎えられるか!』って王様が反対するんだけどね、実はその女の人は身分を隠してた隣国の王女だったのよ。それで最後はめでたし、めでたし、って。」
ひと昔の少女漫画だ…
「でね、その王子役の男の人がこれまたとんでもなくいい男でさ。」
えーっと、この話まだ続くのかな…
どこまで話続けるのかと思っていると、外で待っていたご主人がしびれをきらしてやってきた。
「おい、いつまでくっちゃべってんだ。」
「あら、あらまぁ。ごめんなさいね。じゃあ、ローザさんによろしくね。」
ばたばたと2人が去って行くのと入れ替わりに、今度は城からの使いだと言う者が訪ねてきた。
ローザの留守を伝えると、
「王からの書簡である。必ず本人に渡すように。」
それだけ言って、手紙を置いて去って行った。
その日ローザが帰って来たのは日が落ちた頃だった。
ローザは王様から、という手紙を読むと、
「リリィ、蜻蛉のこと、国王様がじきじきにお話をお聞きになりたいそうです。明日、わたしと一緒に王宮に参りましょう。」
厳粛な面持ちでそう言った。
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