第14話 オルニア

平和で静かで、幸せな時間。

この屋敷で過ごす毎日は穏やかで優しい。



「リリィ、ちょっといらっしゃい。」

じゃがいもをむいていた手を洗い、勝手口に向かう。

ローザの横に、日用品を運んできてくれるベルタがいた。

「これ、リリィに預かって来たのよ。」

そう言って手紙を渡される。

「アルル様から。」

アルルからわたしに?

「ここに来る途中、偶然アルル様の一向にお会いして。これからスザーク様のお屋敷に向かうとこだって言ったら渡してくれって。それで、ローザさんの許しがもらえたら、あんたのことオルニアまで連れて来てくれないかって頼まれたのよ。」

わたしはアルルからの手紙を読んだ。

『お伝えしたいことがあります。そちらに伺う時間がとれないため、出来ればオルニアまで来ていただけませんか。こちらへはベルタが連れてきてくれます。今わたしの護衛にヴァイルの騎士団がついているので、帰りはスザークにお願いします。』

なんだろう?

わたしはその手紙をローザにも見せた。

「近頃あちこちの湖が一日で干上がっちまったって噂をよく聞くんですけど、アルル様がオルニアに行かれるってことは、今度はオルニアの湖から水が消えちまったんですかね。」

「湖の話ならわたしの耳にも入っています。」

「ローザさんも知ってましたか!全く恐ろしいことですよ。」

「アルル様がお呼びということは何か大切なお話があるのでしょう。リリィ、ベルタといってらっしゃい。」

ローザに許可をもらい、わたしはアルルに会うため、オルニアへ向かうこととなった。



オルニアへの道中、ベルタはずっと話続けていた。

「これはあたしの感だけどさ、アルル様とあんたんとこのスザーク様、おふたりの間にはなんかあるね。」

スザークの名前が出たのでどきりとする。

「アルル様が聖女になられてから、ヴァイル様の騎士団がアルル様の警護につくようになったんだけど、その中でもいつもお側にいるのがスザーク様らしいのよ。スザーク様がアルル様を呼び捨てにしてるのを聞いた者もいるし。」

わたしも聞いたことがある…

「階級で言ったらアルル様は国王と匹敵するくらすごい人よ?それを、なんかこー咄嗟に呼び捨てしてたって。普段は敬語使ってても、出ちゃうってやつ?あれは絶対特別な仲だね。」

そうだよね。

やっぱりスザークとアルルは「特別」なんだ…

ベルタはまだ話続けていたが、上の空で聞いていた。



オルニアに着くと、ベルタは護衛の若い騎士にわたしを紹介し、次の町へ向かって行ってしまった。

オルニアは町だと思っていたら、つい最近まで湖であったであろうと思われる場所の近くに、ぽつんぽつんと家が数件あるだけのところだった。

湖が干上がったせいで、どこかに避難しているのか、家には誰も住んでいないようだった。


「お待たせしました。アルル様のところへご案内します。」

先ほどの騎士について歩いて行く。

アルルを警護する騎士たちの真ん中に、湖の縁でひざまずいて祈りを捧げているアルルの姿が目に入った。


ざらりとした風が吹く。


この感じ、前にも一度…


近くまで行くと、アルルがこちらを向いた。

その瞳が怒りに満ちている。

違う。

視線の先は、わたしではない。

わたしの肩越しの何かに目を向けている。


蜻蛉。

『あれには、こちらが命を失うか、あちらが逃げるかしか手立てがありません。』

ローザの言葉が脳裏に浮かぶ。


「ようやくお会いできましたね。」

そう言いながら、アルル守ろうと向かってきた騎士に毒を吐いた。

騎士は剣すらぬくこともできないまま、毒におかされ苦しんで倒れていく。

「あなたの魔力は強い。でも、連日の力の放出でさすがに随分弱っているようですね。」

「湖はお前のせいね。」

「聖女であるあなたを封印したら、この国はどうなるんでしょう?」

蜻蛉が一歩前に出る。

わたしのことは眼中にないようだ。

「わたしがいなくなろうとも、次の聖女がすぐに現れます。」

アルルが毅然として答える。

「そうですか。次の方が現れるのと、この国が滅んでゆくのと、どちらが早いか試してみましょうか。」

蜻蛉が掌に小さな球体を作り出した。

「あなたは、わたしと一緒にこの国の終わりを見届けるのです。」

球体は大きくなっていく。


「アルル!」

スザークの叫ぶ声が聞こえた。

アルルの元へ急ぐスザークを蜻蛉の兵士達がさえぎる。

スザークと一瞬目が合った。


スザークに会えて良かった。


わたしはアルルを突き飛ばした。


蜻蛉がアルルに向けて投げた球体は、わたしを取り込んだ。

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