第8話 カリシュクスト王国

『その昔、この地を統治していた王カリシュケルトが、領地を3等分し息子たちに与えた。

王の四男にして初代王カリシュクストにちなみ名付けられたのがこの国である。』


ローザに文字を習い、簡単な本であれば読めるようになった。

今読んでいるのは、「カリシュクスト王国あれこれ」という感じのタイトルの本だった。


どこかで読み飛ばしたかな?

数ページ戻り読み直す。

読み飛ばしてはいないようだ。

『王の四男にして初代王カリシュクスト』ということは、カリシュケルト王には4人の息子がいたことになるよね?

だったらどうして『領地を3等分』なんだろう?

後でローザに聞こう。

本を読み進める。


『この国には生まれながらに魔力を持つものが存在するが、回復系か攻撃系か、どちらかに限られ、一番強い回復魔法を使う女性は、聖女としてこの国を守る使命を持つこととなる。』


ディーダが、アルルのことを「聖女」と言っていたのを思い出す。

今はアルルがこの国を守ってるんだ…

ふと、スザークと仲良く話す姿が脳裏に浮かび、ちくりと胸が痛んだ。

今のわたしとも、前のわたしとも、住む世界が違う人なのに。



父母と祖母そしてわたし、4人で過ごす楽しかった日々は唐突に終わりをつげた。

中学に入る少し前に、父が家族を捨てて出て行ったのだ。

それから母は、ひとりで祖母とわたしの生活を支えるために働き続けることになった。

高校生になった夏、祖母が体調を崩し、そのお世話で母があまり仕事に行かれなくなった。

そんな時だった。

父が亡くなったという知らせがきたのは。

今更悲しむ気持ちなどなかったが、父の死はわたしたちの生活に追い打ちをかけた。

多額の借金を残していたのだ…

わたしはこれまで以上にバイトを掛け持ちして母を助けた。

卒業したら働くつもりでいたが、成績が良かったことで母に懇願され、奨学金を借りて大学に進んだ。

大学時代も、まわりがコンパやサークルでキラキラしている中、バイトに明け暮れる毎日だった。

社会人になった1年目に祖母が、2年目に母が亡くなった。

父の借金は母の生命保険で返済することができたが、わたしは、ひとりぼっちになってしまった。

今更遊び方もわからなかったし、奨学金の返済のため、ただ仕事をするだけの毎日。

ただひとつ趣味と言えるのかわからないが、毎朝走ることだけは好きで続けていた。走っている時は何も考えなくてすんだから…


こちらの世界にやってきて、何も持たないわたしだったが、これまでやってきたことがとても役にたっている。

ハウスクリー二ングのバイトのおかげで、わたしの掃除はローザがほめてくれるところとなった。

レストランの厨房で働いていたことで覚えた料理は、この屋敷の人に喜んでもらえている。

走ることは…役に立てたと思いたい…



『『蜻蛉』と呼ばれる男は、どのような魔法も使うことができ、しかもその力は強大である。

いつからか現れ、この国を脅かす存在となった。』


フローザンガの森で会ったあの薄気味悪い男のことだ。

あのことがあった後、何も手につかなくなってしまったわたしにローザが教えてくれた。


「あなたが森で会ったのは、『蜻蛉』と呼ばれている魔法使いです。あれには、こちらが命を失うか、あちらが逃げるかしか手立てがありません。そしてあれはスザーク様のお命をずっと狙っているのです。」

普段、スザークは強靭な守りの魔法で蜻蛉から姿をくらましていた。

透明人間のように全く見えなくなるわけではないが、悪意を持つものにはその姿がぼんやりとした影のようにしか見えないようにする魔法らしい。

小さなものの方がより守りが強いらしく、だからこのお屋敷では馬車を持たない。大きなものは守りの層が薄くなってしまうらしいのだ。

ただ、そんな守りにもほころびがある。

中にいる者が許しを与えてしまうと、与えられたものには姿をさらしてしまうのだ。

グランデの町でわたしが、蜻蛉が姿を変えた老婆の蟲に、こちらと共にいることを許してしまった。だからフローザンガの森で蜻蛉と対峙することになってしまったのだ。

「蜻蛉の誤算は、あなたがヴァイル様たちに危険を知らせに行ったことです。だから、あなたが蟲を招き入れ、スザーク様を危険にさらしてしまったかもしれませんが、スザーク様の命を救ったのもあなたなのです。」

ローザは優しく言った。

「あなたがこのままくよくよとしていたら、あなたを巻き込んでしまったことにスザーク様はずっと心を痛めることになるんですよ。」

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