第7話 ローザの思い(side)
スザーク様が素性もわからない女性を連れてきた。
聞けば森の中にひとりでいたところを騎士団の方が見つけられて、記憶を失った上に怪我まで負っていたということでヴァイル様のお屋敷に連れて帰られたとのこと。
それがなぜこちらのお屋敷で働くこととなったのか…
スザーク様が女性にかまわれることなどこれまでなかったことだったから、どのような娘なのか、厳しくチェックしなければ。
自分の名前すら憶えていなかったその子は、スザーク様がリリィ名付けた(ようなものでしょう)。
それにしても、あの時はおかしかった。
最初、スザーク様は彼女に「チェリー」と名付けようとしたのだが、彼女が全力で阻止したのだ。正直わたしもそれは「ない!」と思ったので、スザーク様の何か言いたげなご様子をそ知らぬふりして、そのまま「リリィ」と呼ぶことにした。
リリィは年のころ16、7歳(もしかしたらもっと若いかもしれないが、本当のところはわからない)の、とてもきれいな子だった。ただ、スザーク様とは10以上も年が離れている。事態をしっかりと見極めなくてはならない。
スザーク様とリリィがグランデの町にでかけた日のことを忘れることはないだろう。
あの日、フローザンガの森で起きた恐ろしい出来事。
スザーク様はあのいまいましい『蜻蛉』の毒に侵され、リリィはそんなスザーク様を助けるために、ヴァイル様のお屋敷まで助けを呼びに走ったと後から聞いた。
驚いたのは、スザーク様がアルル様をお呼びになったということだった。
おそらく数日かければ、スザーク様のお力なら毒など排除できたであろう。にも関わらず、リリィに心配させないために、あのアルル様に頭を下げられたという。
それにしてもいまいましいあの男、「蜻蛉」。
中にいるものが許しを与えない限り、存在しているが存在しないもののようなあやふやな形しか相手には与えない魔法。その防御魔法を、何も知らないリリィを使って上手くかいくぐり、蟲を使って居場所を探るとは。
この件で、「事情」を知っている者たちはリリィを責めることなどないだろう。もちろんわたしもリリィを非難することはない。
いつもそのお命を狙っている者は、スザーク様だけを標的にされているわけではないという現実を目の当たりにされ、スザーク様はこれまで以上に修行に力を入れるようになった。
スザーク様の原動力は自分以外の何かを「守る」ということに他ならない。
結果は皆が望む方向に流れて行ってくれた。
「リリィ、お茶にしましょう。」
「あ、はい。こちらをすませたら参ります。」
午後からずっと普段使っていない部屋までも掃除しているリリィを迎えに行く。先日、本棚で埋まった部屋を見つけたリリィに「あいている時間にこちらの本を読ませていただけませんでしょうか。」とお願いされた。
フローザンガの森の出来事の後、リリィは読み書きを教えて欲しいと言ってきた。
今では自分で本を読めるようになっている。
自分にあてがわれた仕事を全てこなした後、リリィはこの国のことについて多くの知識を得るために全ての時間を使っているようだ。
願いを聞き入れたのは、リリィがあの出来事を克服できるように、という思いもあったが、リリィが掃除、というより全ての仕事をとても丁寧にこなし、決して手抜きなどしなかったからだ。
特に掃除に関しては。こちらが気付かなった隅の方も、布を巻き付けた棒(わたしはひそかにリリィ棒と呼んでいる)をこしらえて、きれいにしている。
「おまたせしました。」
リリィはキッチンに入ってくると、お茶の準備を始めた。
わたしが席を立とうとすると、
「座ってらしてください。こうやって準備をするのはわたしの楽しみなんです。」
そう言って、私を椅子に座るようにうながし、紅茶の葉をポットに落とすと、マフィンをお皿にとりわけてくれた。
リリィはよく食べたことのないお菓子をよく作ってくれる。
時間はかかったが、リリィは本来の明るさを取り戻したようで、よく笑うようになった。
わたしも今では毎日のこの時間を楽しみにしている。
先日、突然お越しになられた王国の第二王子アルトゥロ様とリリィが鉢合わせする一件があった。
スザーク様は特別で、このお屋敷にアルトゥロ様が来られることはめずらしくない。
そのため、普段お目にかかれない第二王子めあてにこのお屋敷で働こうとする子女が多く、これまで決して若い子を雇ったことはなかった。
二人が何やら会話をしていることに遠目から気が付いて近づいたところ、リリィのことが気になっている様子のアルトゥロ様と、「素」の顔で淡々と受け答えをしているリリィがいた。
スザーク様に呼ばれて、名残惜しそうに何度も振り返りながら部屋に入っていったアルトゥロ様と違い、リリィは特に気にもとめていないようだったので、こちらの方が気になってしまう。
「リリィ、アルトゥロ様と何を話ししていたんだい?」
「『良いお天気ですね』と声をかけてこられましたので、『そうですね。』とお答えしました。その後も、ずっと天気の話をしていました。」
そしてそっと小さな声で、
「お若い方とお話しするのは難しいです。」
と言って去って行った。
リリィとアルトゥロ様の年はそんなに変わらないはず。
驚くことに、リリィはアルトゥロ様に全く興味を持っていない。誰もが正妃を、側妃だって狙っているというのに。
リリィのオーラはいつもと変わらず、ほとんど透明といってもいい色のままだった。
人が纏う色を見分けるのがわたしの力なのだが、そのことをリリィに言うつもりはない。
悪くない。
わたしはいつしかスザーク様とリリィの未来を夢見るようになっていた。
年の差のことは…まぁ、私が考えることではないだろう。
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