第5話 フローザンガの森
フローザンガの森に入り、しばらくしたあたりからスザークが後ろを振り返ることが多くなった。
「リリィ、グランデの町で誰かから何か受け取った?」
そう言われ、捨てずに持っていた石のことを思い出した。
「スザーク様がカリサさんとお話になっている時、お婆さんがこれをわたしに。」
ポケットの中に手を入れると先ほど渡された石を取り出した。はずだったが、それはもうキラキラとした石ではなく、どす黒く禍々しい「蟲」に変わっていて、恐ろしさに手から落とした。
「リリィ、よく聞いて。この馬に乗って森を出なさい。」
「え?」
「大丈夫。乗っているだけで屋敷に戻れるから。」
「あの、どうして…」
「お嬢ちゃん、案内をありがとう。」
振り向くとグランデの町にいたあの老婆が立っていた。
「ようやく見つけた。」
そう言うや否や、老婆はもう老婆ではなく、漆黒の髪の、若い男の姿となっていた。
「お嬢さんには、案内してくれたお礼に、楽に死なせてあげましょう。」
男は掌の何かをふっと吹いた。
何がどうなったのか、一瞬のことで身動きすらできずにいた。
とっさにわたしをかばって右手を出したスザークの顔がゆがんだ。
「つっ。」
スザークの腕から肩に向けて見える部分が黒味がかった紫色に変色していく。
「おや。」
男はにたりと笑った。
どこから現れたのか、気が付くと男の後ろには多数の馬に乗った兵士が剣を向けていた。
「一緒に逃げましょう。」
わたしがささやくと、
「あいつからは逃げ切れない。」
男に目を見据えたままスザークが言った。
「スザーク様、その腕で戦えますか?」
「毒のまわりを遅くする魔法をかけている。リリィが逃げ切るまではここを通さない。だからこの馬に乗って…」
ダメだ。そんなことは絶対にダメだ。
「スザーク様、絶対にわたしが逃げ切れるように戦い続けてください。できるだけ長く、わたしを逃がしてください。約束です。」
「約束する。」
わたしは馬から飛び降りると、スザークを背に走り出した。
後ろで激しく剣が交差する音がした。
振り向いている時間はない。
わたしのせいだ。わたしがあんなものを受け取ってしまったから…
絶対に、絶対にスザークを死なせたりしない!
フローザンガの森をこのまままっすぐに抜けて走り続ければ、ヴァイルの屋敷が見えるはずだ。
どのくらいの距離があるかわからないけれど、走るしかない。
馬に乗って助けを呼びに行った方が早いのかもしれない。でも、それではダメだ。馬がなければスザークが戦いで不利になってしまう。
スザークは、どんなに苦しくなってもわたしを「逃がす」ために、あきらめないはずだ。
わたしもあきらめない。
出来るだけ早く、ヴァイルの屋敷に助けを求めに行くんだ。
どうか、どうか、少しでも長く持ちこたえて。
「あ。」
スカートの裾がからまりつまずく。
「ごめんなさい。」そう言ってわたしは裾を破り捨てた。これで少しは走りやすくなる。
早く、早く…
どのくらい走っただろうか。
遠くにヴァイルの屋敷が見えた。
もっと早く…
「誰か!誰か!」
ヴァイルの屋敷にたどり着いたものの、大きな門柱は固く閉ざされていた。
思うように声が出ない。お願い、誰か!
「!」
ディーダがわたしを見つけて走ってきてくれた。
「どうしたの?」
傷だらけで、破れた服を着たわたしにディーダは驚いている。
「フローザンガの森で、スザーク様が戦っています。どうか助けてください。」
ディーダは顔を真っ青にして、ヴァイルを呼びに走って行った。
意識がぼんやりする中、ざわざわとまわりで音が聞こえていた。
「フローザンガの森だな?」
「はい、そうです。どうか、どうかスザーク様を。」
「わかった、行くぞ!」
数匹の馬が駆けていく音と、砂ぼこりが舞うのを感じた。
どうか、どうか間に合って!
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