第4話 グランデ

翌朝、言われた通り屋敷のキッチンで待っていると、ローザがやって来て言った。

「さて、早速働いてもらいたいところだけど、昨日の分だけではリリィの持ち物は心もとないわね。」

わたしの荷物は、ヴァイル様のお屋敷でいただいた、昔働いていたメイドの着古したワンピースと下着が数枚だけだった。

ディーダはもう少しなんとかならないかと思案してくれたのだが、いかんせんサイズの合うものがなく、それでもどうにか探してくれたものだった。

わたしはディーダのそんな優しさが嬉しかった。

※こんな事態になることを予測して、数日分の着替えをいつも持ち歩くことをおすすめします。

「こちらのお屋敷には身分の高いお客様もたくさんいらっしゃいますから、きちんとした身なりでいてもらわないと。」

ローザの物言いは厳しいけれど、決して意地悪をされているわけではないと感じる。どこか、母親が子供に言うような。

「スザーク様にお願いしましょう。ついていらっしゃい。」

ローザはそう言うとわたしを連れてスザークの部屋に連れて行った。

「スザーク様。スザーク様。」

ローザは最初のうちは丁寧に声をかけていたがやがて、

「スザーク様!起きてください!いつまで寝てるんですか!」

と口調が強くなっていく。

いいの?ご主人様を無理に起こして?

しばらくしてドアが開くと、明らかに寝起きのスザークが現れた。

「スザーク様、本日はお暇でしょう!リリィに必要なものを買いに連れて行ってくださいな。このままでは仕事になりません。」

「…すぐ支度する。」

スザークは先ほどのローザの口調を気にもとめず、部屋に戻って行った。

「さぁ、リリィも支度…って言っても何もすることがないわね。スザーク様をお待ちしましょう。」

???

今のは?

いいの?

思いっきり主人に対する物言いではなかったようだけど?

ローザって…?



「スザーク様には女性の持ち物はおわかりにならないでしょうから、カリサのお店に行って、『必要な物をひと揃え』とだけおっしゃって、後はお待ちになっててください。」

「わかった。」

「リリィ、こちらのお屋敷では馬車を使いません。目立ってしまいますからね。スザーク様に馬に乗せてもらっていってらっしゃい。」

お屋敷に来た時と同じように、スザークはわたしを馬に乗せると自分は後ろに乗った。

「行ってらっしゃいませ。」

スザークはうなずくと、馬を走らせた。

おかしい。おかしいよね?

この世界では、お屋敷のご主人に使用人が指示を出して、さらに使用人のために足となるの?



しばらく馬を走らせると、大きなお屋敷が目に入った。

あ、ここ…。

「覚えてる?ヴァイルの屋敷。ここからリリィがいた森、フローザンガの森を抜けたら、ちょっとした町があるから。だいたいのものはそこで揃うけれど、もし足らないものがあったらもう少し馬を走らせて、城下町まで行くから。」

スザークはそう言うと、じっとわたしを見る。

あまりにも近い距離で見られてどきどきしてしまう。本当にきれいな顔だ。まつ毛が長い。

「初めてリリィに会った時、一瞬、もっと年上に見えて。自分とあまりかわらないくらいの。でもよく見たら妹と同じか少し年下で。どうしてだろう?」

返事を欲しがっているようでもなかったので、わたしは黙っていた。

スザークは気にも留めていないようで、気まずさもなく、むしろ居心地の良い時間がすぎていった。



「ここがグランデ。カリサの店はすぐそこだから。」

町の入り口で馬を降りると、スザークは一角を指さした、

「グランテ」と書かれていると思われる看板(言葉は通じたが、文字はさっぱり読めない。文字を覚えなければいけない。)の向こう側は、まるで昔ながらの商店街のように多くの店がひしめきあっている。

ひいていた馬をカリサの店の前につないでいると、女性が出てきた。

「いらっしゃいませ。今日はどのようなものをお探しで?」

「この子に必要なものを揃えて欲しい。」

スザークと女性が話終えるのを待っていると、スカートの袖をひっぱられた。

小さな老婆だった。

「お嬢ちゃん、ここは初めて?いろんなお店がたくさんあるでしょ。」

「はい。見たことのないお店がいっぱいです。」

老婆は鼻をひくひくとすると、少し小首をかしげ、

「あんたのご主人はどこにいるんだい?」

と聞いた。

「すぐそこで女性と話をしています。」

随分としわくちゃな老婆だったので目が悪いのかもしれない。

「ほぅ。」

老婆は微笑むと、小さな石をわたしに差し出した。

その石はキラキラと水色に光っていて、まるでガラスのようだった。

「この石をお嬢ちゃんたちにお供させてくれないかい?」

「あの?」

老婆は姿に似合わぬ力でわたしの手にその石をにぎらせると、

「いいね?」

と念押しをした。

「あ、はい。」

よくわからないまま返事をすると、老婆は満足げに去って行った。

どうみてもただの石だったが、すぐに捨ててしまうのも失礼かと思い、とりあえずポケットにしまう。

「リリィ、どうした?」

女性との話にひと段落したスザークが聞いてきた。

「いえ、何も。」

わざわざお話するようなことでもないか。

「じゃあ、30分くらいしたらまた迎えに来てください。」

スザークと話をしていた女性はそう言うと、わたしには、

「あなたはこっちね。」

と言って店の中に入るよう手招きをした。

女性はわたしを見て、

「ふふ。スザーク様が女性をねぇ。ふふ。」

と楽しそうに続けた。

「あたしはカリサ。よろしくね。ふふふ。」

これは何か誤解をしているのではないかと、あせる。

「あの、わたし、スザーク様のお屋敷で働かせていただくことになったリリィと申します。わたしがあまりにも何も持っていなくて、ローザさんがスザーク様にお願いしてくださって…」

「ふふ。いいのいいの。気にしないで。ただ、こっちが勝手に嬉しいだけなんだから。」

女性はわたしの採寸をしながら続けた。

「ほら、スザーク様って、無口だし、あのお顔の傷でしょ?怖がって若い娘は寄っていかないのよねー。それが普通にあんたと一緒にいるじゃない。嬉しいの。」

怖い?

わたしはスザークの傷を怖いと思ったことなど一度もない。


「じゃあ、荷物は後でお屋敷までお届けしますので。」

時間より少し遅れて現れたスザークにカリサが言った。

いろいろと必要と思われるものを有無も言わせずカリサは見繕ってくれたが、その中にはシンプルだけれどかわいらしいドレスが一着含まれていた。断ろうとしたが、「絶対に必要なものだから!」とおしきられてしまった。

ぼったくりじゃないよね?

全てカリサに「お任せ」だったため、不安になる。

わたしはこの国のお金を持っていないから一旦支払ってもらう形になる。結構な量の買い物になったが、ちゃんと払えるのだろうか…

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